2010-1月号 JANUARY

特集= 検証・三菱一號館再現


Debating Issues of the Mitsubishi Ichigokan Reconstruction

 

問題提起

再現は是か非か

 新しい編集委員会としての第一号の特集である。ならばと、昨年竣工したばかりで本年4月6日から美術館として開館する「三菱一号館」を取り上げ、歴史的建築物の再現について、検討を加えてみようということになった。ここに言うところの「再現」とは、特集内の解説にもあるように米語「Reconstruction」にあたる。通常の訳語である「再建」を使わずに、「再現」としたのは次のような理由による。再建は、「寺院の再建」のように、失われた過去の建物とは、異なった建物をつくる場合にも用いられる。例えば、鎌倉時代に行われた重源による東大寺再建を思い浮かべていただければご理解いただけるだろう。それに対して、三菱一号館は、過去の建物と忠実に同じ建物をつくることを学術的なレベルにおいても目指してつくられている。この行為の特殊性を示すために、あえて「再現」の語を用いる次第である。 
 では、歴史的建築物の「再現」は、常に好ましい、あるいは、評価すべき行為なのだろうか。この点は、必ずしも明らかではない。そこで、特集では、再現建築としての「一号館」の可能性と問題点について、両方の立場から検討してみようということになった。具体的には、可能性の側を主に後藤が、問題視する側を主に内田が担当し、論点を明確にしていこうということになった。
 可能性の側は、歴史的建築物の再現が世界的に通常行われている行為であり、都市の景観や歴史・文化を継承していくうえで一定の意義が認められていることに注目した。このため、世界各地で、再現が、さまざまな批判があるなかで進められていることを、特集記事で紹介した。また、丸の内に限らず、伝統的建造物群保存地区のような地域でも、再現やそれに類する行為をどのように位置付けるのか議論されながら景観整備が進められていることも紹介した。
 問題視する側の最大の根拠は、1968年に行われた、建築主、三菱地所による突然の解体である。一號館は当時すでに、明治建築として極めて高い評価を受け、重要文化財への指定の打診も受けていた。にもかかわらず、解体されたのである。これを歴史的に見れば、三菱地所は、新しさこそ可能性であるという見解の下、決して過去を振り返らないとの決意表明をこの時点で行ったかに見える。現に、その後、丸の内一帯は、一部の例外を除いて、多くの建物が社会的要請の名の下で再開発の対象となり、床面積の拡大再生産がなされていった。その三菱地所が「一號館」を再現するのは、先の決意表明との間に明らかに齟齬がある。少なくとも、この齟齬について、説明責任があるのというのが問題視する側の最大の論点である。加えて学術的には、再現へと至る経緯や、再現建築としての構法あるいは仕様の整合性についても明らかにしたいところである。この点については、三菱地所へのインタビュー内で取り上げている。
 本来なら、この特集が「三菱一号館」の客観的な検討になればと結びたいところだが、いま、これを書く段階に至っても、その自信はない。せめて、考える契機になれば幸いである。

(後藤 治)


CONTENTS

連載

日記のなかの建築家たち 第1回『 近代建築』の頃/中村敏男 002
オン・サイト 東京中央郵便局解体工事現場/山岸 剛 004
年頭所感 建築界のプラットフォームに/佐藤 滋 006
編集委員長挨拶 その茫漠さゆえにふたたび「建築」を選ぶ/中谷礼仁 008
2010-2011『建築雑誌』編集委員会構成  009

特集 検証・三菱一號館再現

I 問題提起 再現は是か非か/内田祥士、後藤 治 011

II 再現の経緯
インタビュー「 三菱一號館」再現の目的と意味  
第一部 三菱地所設計 014
第二部 三菱地所  021

III 鼎談
再現建造物の可能性--三菱一號館を巡って
松山 巖・古谷誠章・土居義岳 024

IV 論考
1 再現批判の系譜--イギリスのゴシック・リヴァイヴァルの盛衰にみる再現に類する行為の批判の根拠/頴原澄子 030
2 再現された歴史的建造物の文化財的価値/光井 渉 032
3 アメリカ合衆国「歴史的遺産のトリートメントに関する内務長官基準」にみられる再現建築の考え方/山内奈美子 034
4 〈造り直し〉という行為についての私見/田原幸夫 036
5 「修景」をめぐって--その現代的意味と可能性/苅谷勇雅 038
6 韓国建築再現事情--ソウルは「今」....../金 玟淑 040
7 アムステルダム文化財建築 再利用・再現事情/吉良森子 042
8 The Mitsubishi Ichigokan Reconstruction: History or Illusion? /James Lambiasi 044

V 総括
再現の評価と残された課題/内田祥士、後藤 治 046

連載

The Long Distance Chat
被災地の現在--神戸、台湾、インドネシア、ニューオリンズ/牧 紀男 048