2010-6月号 JUNE
現代ユートピア論である。ほんの少し前までは、自分の方法でまわりの環境を律しようとすることは大変な労苦を伴うものだった。ユートピア作りは当たり前のことだが、既存の生産様式に対するアンチテーゼを含んでいるからだ。しかしいま、多くのヒッピー・コミューンは廃れ、少数の先見の明ある共同体が、サスティナブル・ビレッジとして現代社会において先行するモデルに成長し、地球環境全体の推移に応じて、それらがエコノミーとしても成立する状況が生まれはじめている。ここで特集するのはそのようなもとに生まれはじめた、少し努力するとたどり着ける小さなユートピア作りのレポートである。これを中途半端な存在と見るか、今後の社会を生み出して行く種子たりうるのかをご判断いただきたい。本特集幹事は糸長浩司、主担当は高口洋人、サブ担当は岸本耕である。
(編集長:中谷礼仁)
現在、環境整備を住民や施主自ら行うことが拡張している。ガーデニングといった身近なレベルから、昔ながらのセルフビルドを超え、住宅開発の自主企画まで行われ始めている。これらを一過性のもの、ニッチなものと見るか、あるいは大きな潮流とみるかは議論がわかれるところだろう。しかし社会の成熟が進んでいるヨーロッパを中心に、セルフビルドが住宅生産に占める割合が10%を超え一定の市場を形成するにいたっている。わが国においてもセルフビルドに代表される周辺環境の自主創造が、今後の環境整備の一端を担う可能性があることは確かであろう。
この現象を心理学者マズローの自己実現理論にある自己実現欲求の発露とみるのか、あるいは2005年に人口が減少に転じた日本の、戦後の復興から高度成長という異常な状態からの脱却、成熟あるいは定常社会への転換の兆しとみるのか、さまざまな解釈ができよう。いずれにせよ、社会の大転換を受けた現象であることは間違いない。
一方、一般の住民が周辺環境の自主創造に取り組めるようになった背景として、現代社会のインフラの充実があることも見逃せない。安価な移動手段、情報を容易に集め地縁・血縁にとらわれないコミュニティを創造するインターネット技術、ホームセンターに代表される巨大物流網など、定常の時代には成長の時代のインフラが不可欠である。しかしまた知的インフラとしての専門家への期待も小さくないが、現時点ではこれに十分に応えられていないようである。
建築評論家ルイス・マンフォードはその著書『ユートピアの系譜』の中で、ユートピアの主な任務を、ヴォルテールの言葉を借りて─われらの庭園をつくろう─とまとめている。それぞれがユートピアを希求できるようになった現在、建築が果たすべき役割はますます大きい。
本特集では、このような社会の変化や建築生産の充実の帰結として「環境の自主創造」をとらえ、その未来を吟味したいと考えている。
(高口洋人)
(特集担当委員:高口洋人、岸本 耕)
連載
日記のなかの建築家たち
第6回 IAUS /中村敏男 004
オン・サイト 阿蘇中岳火口/山岸 剛 006
The Long Distance Chat 都市建築の表層性──バルセロナの建築動向/小針修一×中谷礼仁 008
特集イントロダクション 中谷礼仁 009
特集主旨 環境の自主創造/高口洋人+岸本 耕 009
第一部
対談 時間の消費/秋山東一×広井良典 010
第二部
論考 ナウシカアに導かれて/鈴木博之 018
論考 "自作"志向は何をめざすか/古田隆彦 022
論考 日本社会は「パーソナル・ファブリケーション」の夢を見るか?/濱野智史 024
論考 セルフビルドを支えるシステム/岩下繁昭 026
論考 マスプロはわれわれの要求にいかに答えられるか──住宅供給システムの今後/大沢幸雄 028
論考 スペクタクルの庭と再生産の庭/高祖岩三郎 030
第三部
座談会 暮らしと仕事のインターコース/益戸育江×甲斐良治×塩見直紀 032
論考 日本のコープ方式による建築的生活環境整備事例/相根昭典 038
論考 エファ・ランクスミア──住民による緑の手入れとメンテナンスプラン/笠 真希 040
論考 発明するのではなく、発見するという立ち位置/西田 司 042
論考 偶然と必要が生み出した創作拠点/寺田佳央 044
インタビュー 武者小路実篤「新しき村」の現在/寺島 洋 046
編集後記 成長でもなく衰退でもなく/高口洋人 049
連載
特集を読んで(2010年4月号[特集=〈郊外〉でくくるな]) 050
窓から何が見えますか?/佐々木龍郎
地域のなかの郊外/青井哲人