2010-11月号 NOVEMBER
現在の情報とその流通、蓄積方法の急激な変化は、重要な文明史的転換のひとつを形成するものとなるだろう。急激なパラダイムの変化は、記憶や歴史観をも変更させる力を持つ。しかし、そのような変更を可能にするのは蓄積された情報・アーカイブが確固として存在するという信頼である。
このアーカイブそのものが急激な変化を被っている。例えば、情報がデジタル化されることによって、到来する可能性のある「情報の暗黒時代(Digital Dark Age)」である。本学会は1887年より継続して発行されてきた機関誌
『建築雑誌』を持つ。120年以上にわたるこの莫大な蓄積の将来を見据えるためにも、まずは情報を取り扱う現場へ降り立つこととした。編集担当は山口俊浩委員、編集協力に森本英裕、後見人を後藤治幹事とした。
エフェメラ(ephemera)とは、「蜻蛉」「短命なもの」を意味するギリシャ語である。図書館学や資料管理学の分野では、チラシやリーフレットなど短期間に消費される媒体を指す。デジタル・ダーク・エイジ(Digital Dark Age)問題が象徴するように、現在では電子媒体もエフェメラのひとつと言えよう。
本特集は、建築に関連または隣接する媒体(設計資料、図書、電子媒体、部材など)がその目的や用途から短命であることを認識し、それらを残すための仕組みや環境づくり、継続を維持するための動機付けなどについて、実例を交えながら展開する。特に、設計図書を生み出す建築家、資料を継承した遺族、美術館における管理者、修補を担う技術者など、媒体とのかかわりにおける「当事者」からの報告は、実体を理解するうえで欠かすことができない多くの示唆を含んでいる。構成は以下のとおりである。
第1部 資料出所者における取組み、資料保存機関における役割、技術革新や法整備など、多様な角度から建築媒体に内在する問題の提起を行う。
第2部 模写や銀塩写真などを事例として、在来の媒体が自らをどう位置付けてきたかを検証し、媒体が現用であり続けることの意義を考える。
第3部 建築媒体が新たな役割と機能を持ち、教育・研究資料または鑑賞用として、国内外から極めて高い関心が寄せられている。そうした状況において必要となる姿勢と対応について問う。
第4部 修理や環境管理の観点から、千年先を見据えた展望を示す。また、建築媒体が社会資本として強い需要と動機で継承されるための要件を見出す。
特集 イントロダクション アーカイブの現れ出ずる場所へ 中谷礼仁 005
特集主旨 当事者の声を集めて 山口俊浩 005
鼎談 建築媒体にまつわる問題提起 藤岡洋保×長谷見雄二×甲野正道 006
事例① 資料出所者(個人)の取組み がらがらキャビネット 山田達郎 011
事例② 資料出所者(組織)の取組み 建築工事における書類・図面の電子化 保存ガイドライン 中谷晃治 012
論考 蒐集の対象とするために必要な要件 建築アーカイブから見えてくるもの 松隈 洋 014
事例① 模写の現場から 村岡ゆかり 016
事例② 銀塩写真の現場から 小山優子 018
論考① 現用であり続けること① 建築書の25 年を振り返って 荒田哲史 020
論考② 現用であり続けること② 建築資料のトリセツと製造レシピ 津村泰範 022
論考③ 媒体を短命にする要因 青木 睦 024
聞取り① 企画展への取組みによって映し出される建築アーカイブにおける課題と展望 南條史生+前田尚武 025
事例① 資料集成としての蓄積と発信 グラハム・ヤング 028
事例② 教育コレクションの形成 岸 泰子 030
聞取り② 建築資料の国際化 伊東豊雄 032
聞取り 蓄積と国益 髙山正也 034
事例① 環境を整える──包材開発の現場から 神谷修治 037
事例② 寿命を延ばす──修復の現場から 安田智子 038
座談会 短命な建築媒体を後世に 竺 覚暁×松岡資明×中谷礼仁×後藤 治 040
編集後記 媒体の継承と活用に向けて 山口俊浩 045
連載
日記のなかの建築家たち
第11 回 アンビルト・アーキテクトたち 中村敏男 046
オン・サイト
羽田空港、2010 年9 月5 日、日曜日、18 時 山岸 剛 048
The Long Distance Chat
身体経験としての建築─ディディエ・フォスティノと語る ディディエ・フィウザ・フォスティノ×禅野靖司 050
特集を読んで(2010 年9 月号[特集=建築年報2010 ──建築学会総スクラム]) 051
総スクラムで、前へ 大西若人
10 年一昔──時の流れに身をまかせ 布野修司