2011-6月号 JUNE
境界の可塑性と可能性
本特集は、2011年2月に原稿依頼された。当初の特集タイトルは「建築の臨界」であった。しかし東日本大震災後の種々の状況を鑑みて、表紙のタイトルが一人歩きし、本来の意図にそぐわない反応が出るのを考慮し、タイトルを「建築の境界」へと変更した。本号では原子力発電所の問題等を扱いえていない。
しかしながら、この特集のテーマは、従来の建築のあり方の瀬戸際において、その領域を新たに再定義する。編集担当者が述べるような「マグマ」を報告したものである。そのような意味で、本来の意図はやはり「建築の臨界」であると思う。 (中谷礼仁)
「建築」という言葉=記号は法律、慣習、文化といったさまざまな背景により規定されている。そして記号は必然的に内部と外部を生み出す。建築の境界領域では、違法、無認可という「ギリギリ建築ではない」ものや、抜け道、運用という「かろうじて建築である」ものといった境界現象が生じている。しかしながら、こうした境界は恣意的なものであり、実際の社会はそれほど単純ではない。社会状況や自然環境の変化は、「建築」という概念を歴史から切り離し、境界領域を取り込んだり、あるいは排除したりしながら、新たな記号概念を生み出していく。
建築を規定する基本的な法律である建築基準法は、災害や不祥事が発生するたびに強化され「安全な建築」という概念を変容させてきた。福祉分野では、かつての病院や老人ホームから、多様なサービスを包含するように境界領域を取り込み、「福祉施設」の概念を広げてきた。また、技術革新による超高層マンションの出現は新たな「住まい」のあり方をもたらした。
去る3月11日に発生した東日本大震災は、これまでの「災害」という概念を軽々と飛び越え、例えば赤坂プリンスホテルを避難所とするなどこれまでと異なる「被災者の居住」を生み出し、さらに今後、建築やまちづくりに対して、新たな「防災」「復興」の観点を求めるだろう。
本特集では、そうした境界領域にあるダイナミックな建築の営みにスポットをあて、境界の徹底的なルポを行うとともに、境界の論考、境界をもたらす制度のあり方を取り上げる。
こうした境界領域は、必然的に境界を克服しようとする正負のエネルギーがマグマのように充満している臨界点である。本特集幹事は伊勢崎賢治、担当は豊嶋太朗、饗庭伸、伊藤俊介である。 (豊嶋太朗)
会長就任の挨拶 原点に戻り、より良い建築を/和田 章 001
東日本大震災緊急報告
緊急座談会
東日本大震災とこれからの建築・都市・国土/
蓑原 敬×藤本昌也×芦原太郎×岸井隆幸×佐藤 滋×南 一誠 003
特集主旨 境界の可塑性と可能性/豊嶋太朗 011
第一部 境界の制度化
対談 建築の境界と制度/服部岑生×平山洋介 012
第二部 境界ルポ
①シェアハウス シェアハウスは、単身者たちの混ざり住む新集住スタイルへ
と進行中/丁 志映 018
②ネットカフェ 建築法規の際のオンパレード マンガ喫茶の臨界としての
出会いカフェ/北川啓介 020
③ドヤ ドヤ街「山谷」の変容─そこに生まれた居住支援のかたち/
大崎 元 022
④外国人 「共存」を試みた団地の人々─千葉県の南米日系人集住団地/
酒井アルベルト 024
⑤フリースクール 建築・教育の制度境界におかれる子どもの居場所/
垣野義典 026
⑥福祉施設 ALSと在宅独居─生き続けるための場所/阪田弘一 028
写真 宮下公園、2011年2月21日、月曜日、12時/山岸 剛 030
第三部 境界の読み方
論考① メトロポリスと臨界の風景/内田隆三 032
論考② 福祉社会へ向けた主体と環境の相互デザイン/早田 宰 036
論考③ 放浪者の地図──臨界の行方/西澤晃彦 038
第四部 境界の建築化
座談会 建築確認の現場から見た境界/
春原匡利×秋葉勝巳×志田 努 040
論考①コンテナ論 災害と建築臨界──東日本大震災/牧 紀男 046
論考②不動産 精神障害者が自分の家で暮らすには/岡本和彦 048
論考③まち普請 市民による新たな公共的施設の整備
──ヨコハマ市民まち普請事業/肥山達也 050
編集後記 052
内側からみる境界、外側から見る境界/豊嶋太朗
少しでも幸福に生活を送るための空間をつくる/饗庭 伸
内側=通常性の島/伊藤俊介
連載
The Long Distance Chat
ポルトガル建築のアイデンティティ/志岐 豊×戸田 穣 053
日記のなかの建築家たち
第18回 ウィーンで会った建築家たち/中村敏男 054
オン・サイト
川崎市川崎区、2011年3月17日、木曜日、19時/山岸 剛 056
特集を読んで(2011年4月号[特集=日本のデザイン×ビルド]) 058
棟梁の精神 変わることのない ことづくり、ものづくりの原点/村松映一
発注責任を持つ建築主のもとでは
設計と施工の責任分担は多様なあり方がある/三井所清典