2014-7月号 JULY

特集= ビルディング・エンヴェロープ


Building Envelope

 

ビルディング・エンヴェロープ

 建築の役割のひとつとして、内部と外部の間に境界をつくり出すことが挙げられる。この境界はファサード、スキンなどさまざまな呼び名で呼ばれてきたが、ここではそれを「エンヴェロープ」と呼ぶことにする。あえて新たな言葉を持ち出すのは、この建築の境界面が、単なる外皮という意味を超えて変化しつつあるからである。議論を拡張するため、「エンヴェロープ」をひとまず、「ウチとソトを定義するインターフェース」と定義する。

 本特集の目的は、さまざまな「住む」空間同士の境界線をつくり出すエンヴェロープの変化に光を当て、その概念を再定義し、そこで起きている現代的な変化の状況を明らかにすることにある。エンヴェロープが、構造や環境の機能に対応した機械部品の足し合わせという従来型の構成から、3Dモデルや解析技術の進化を背景に、よりシームレスで分野横断的なものとなりつつある現状を描き出すことで、エンヴェロープの概念の変容を追っていきたい。

「用」と「強」─その分離と融合

 エンヴェロープの役割(「用」)とは、周囲と異なる環境を継続的に維持するために、ある人工的な境界をつくることにある。加えて、エンヴェロープはわれわれのアクティビティにさまざまなかたちで影響を与えている。われわれを取り巻くさまざまな環境の状況を維持し、アクティビティを制御するため、必然的にエンヴェロープは複数の役割を担うことになる。その複数性をかなえるため、さまざまな技術─伝統的な"しつらえ"を含め─がエンヴェロープを構築するために投入されてきた。それゆえ、エンヴェロープの構築は時代の技術に大きく影響を受ける。つまり、建築の技術を知ることが、エンヴェロープの構築、つまりエンヴェロープの「強」の理解へとつながっていく。特集の前半では、このエンヴェロープの「用」と「強」のあり方、機能と構築のあり方が変化しつつある状況をとらえる。

 従来、エンヴェロープは構造体(「強」)と不可分のものであった。しかし、近代建築における架構と外装の分離を経て、エンヴェロープは複数の機能を統合する形で、いわば機械のように特定の機能を持つ部品を足し合わせるようにして構築される、分野統合的なものとなった。それがいつしかエンヴェロープは、複数の機能を横断する形に、生命体のようにひとつの要素が複数の機能に対応するようにして構築される、いわば分野横断的なものになりつつある。その変化の要因は、要求性能の高度化・複雑化に加え、情報技術の進化に伴うシミュレーション技術の進化により、ひとつのモデルで複数の要素をシミュレートできるようになったことにあるだろう。その先にあるエンヴェロープの姿とはいかなるものであろうか。

 そしてその変化は、従来のように構造エンジニアと環境エンジニアと建築家がそれぞれの技能を足し合わせるような考え方では、エンヴェロープの本質をとらえられなくなりつつあることを意味する。すべての分野を横断し、すべてのファクターを同時平行で思考し、ひとつの形に昇華させていく、そうした思考法と構築の技術が必要になりつつある現状、われわれはエンヴェロープに何を期待しどのように構築していくのか。

「用」と「美」─拡張する概念

 ポストモダニズム建築の潮流が去った後、建築のエンヴェロープは新しい姿を持ちつつある。透明性、映像性、現象性など建築それ自体がさまざまな表情を見せるようになったと同時に、進行する情報化のなかで、人間の世界認識のあり方も変わりつつある。現代建築のエンヴェロープの表現の変化を追うことで、人間と建築の関係の変化を描きだ出していく。

 個人個人が自前の情報デバイスを持ち、世界の情報に個別にアクセスする時代。価値観が多様化し、同じ空間にいながら、誰もが異なる世界を見ている時代。世界に固定されたものなど何もなく、すべてが流れ、変化していく、そんな情報化時代にあって、個人と世界をつなぐ「窓」を象徴するのは、スマートフォンのGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)である。網膜の認識精度に匹敵するディスプレイはもはや現実の世界と変わらぬ精度で視覚情報を提供する。それは流動的で、アクセスに応じて絶えず変化し、世界のさまざまな様相をわれわれに提示してくれる。

 その拡張現実の時代にあって、建築の表層に映像的、現象的な事例が少しずつ増えつつある。記号的な建築が氾濫したポストモダン建築の時代とはうって変わり、透明性が高く、多彩な表情を見せる建築が多くつくられるようになった。ルーバーによる半透明性や重層的な外装によるモアレ効果や光の反射効果など、さまざまな光学的効果を用いたエンヴェロープは、観察者の視点に応じてさまざまに姿を変え、建築の表面において都市と人間とのインターフェースを形成している。

 しかし同時に、エンヴェロープは人間のアクティビティに対しても重要なインターフェースを提供している。ウチとソトに生まれるアクティビティの差異、また、エンヴェロープ自体と人間の知覚・行動との間に生まれる相互作用や、「住まい方」という名の文化。こういったものもわれわれはデザイン情報として読み取り評価するようになってきた。

 モニュメントのような静的で受動的なファサードの時代から、エンヴェロープが視覚的インターフェースとして、より動的・能動的に人間に干渉する時代。いわば時間軸を持つようになったエンヴェロープは、何を与えるのか。情報化時代のエンヴェロープの新たな美学の射程を追う。

(勝矢武之・佐々木仁)

会誌編集委員会特集担当
有岡三恵(Studio SETO主宰)、勝矢武之(日建設計)、佐々木仁(Arup)、近本智行(立命館大学)、槻橋修(神戸大学)、福岡孝則(神戸大学)

[目次]

特集|ビルディング・エンヴェロープ

2会誌編集委員会
主旨
4井上隆×小嶋一浩×清家剛
エンヴェロープデザインの現在地─ウチ・ソト・ヒトのインターフェースとして
10ジェニー・ラベル
協働から分野横断へ─エンヴェロープに結集するデザインチーム
12松延晋
クロミズムに頼る現代のエンヴェロープ─エンヴェロープの進むべき姿
14木内俊克+砂山太一
シミュレーションが可能にする「事の次第」的建築モデル
16高濱史子
H&deMのエンヴェロープデザイン
18髙田光雄
「環境調整空間」というエンヴェロープ─「平成の京町家 東山八坂通」の試み
20パトリック・ブラン
パトリック・ブランのGreen Envelope─植物学者のつくる垂直の庭の可能性
22アンドレアス・ルビー
ラカトン&ヴァッサル:生活を纏う

連載

海図の切れ端─現代建築批評再考①
26勝矢武之
『透明性─虚と実』コーリン・ロウ+ロバート・スラツキー(『マニエリスムと近代建築』[ 伊東豊雄+松永安光訳]所収)

次代を拓く建築展①
27天内大樹
理念を伴った建築展─分離派建築会

震災復興ブレイクスルー⑦
28岸本章
図絵による失われた景観の記録

未来にココがあってほしいから─名建築を支える名オーナーたち⑦
30川合花子
川合健二邸(コルゲートハウス)

住むことから考えるU-35⑦
31井元純子
変わりゆく中国的景観のなかで
川上聡
建物の「つくり方」
長谷川真紀
色のコントラストのなかで

EDITORS' CAFÉ⑦
32会誌編集委員会
編集後記