2015-1月号 JANUARY
特集 日本のおひとりさま空間
「おひとりさま」という言葉
2000年代以降、「おひとりさま」という言葉が、主に30~40代の単身女性*1および単身高齢者*2を指す言葉として浸透するようになった。前者は晩婚・非婚化、後者は高齢化を背景にしているが、単身者の増加という点は共通している。
2010年の国勢調査によれば、過去5年間で、ひとり暮らしである「単独世帯」は約10%増の1,588.5万世帯となり、一般世帯に占める割合は「単独世帯」が「夫婦と子どもから成る世帯」を上回って、もっとも多い家族類型となった。「単独世帯」のうち、65歳以上が約3割を占める。
このような単身者の増加は、引きこもり、孤独死、無縁社会などのネガティブなイメージと結びついて受容されがちである。それに対して、「おひとりさま」という言葉は、外食、家電、旅行業界などの市場拡大というマーケティングの論理と無縁ではないものの、自閉、孤立や孤独ではなく、自立した個として、ひとりである状態を肯定的にとらえる意味合いを持っている。
また、「おひとりさま」が注目されている背景は、晩婚・非婚化や高齢化によるものだけではない。個々人に最適化したサービスを提供し、いつでもどこでも情報空間へアクセス可能にする携帯電話、スマートフォン、SNSの普及が、空間利用の個人化を推し進めると同時に、新たな空間の共有化を促している。このようなメディア環境の変化は、私たちのコミュニケーションにおいて、他者とつながっていないと不安に感じられる「つながりへの強迫観念」を生み、若年層の間では、ひとりぼっちの状態を揶揄する、「ぼっち」という言葉も使われている。
日本の都市空間としての「おひとりさま空間」
本特集では、上記のような若年層から高齢者に至るまでの「おひとりさま」をめぐる社会現象を、「空間」の問題に置き換えて考察することを狙いとしている。また本特集では、「おひとりさま」を、未婚・非婚、離別・死別による単身者のみならず、メディア環境の変化に伴う個人化に見られるように、誰もがひとりたりうる状態を指す言葉として用いている。
本特集のタイトル「日本のおひとりさま空間」は、伊藤ていじや磯崎新らによる『日本の都市空間』(1968)に倣ったものである。『日本の都市空間』は、「ま」や「かいわい」や「見えがくれ」など、日本独特の空間のタイポロジーを歴史的に整理した書物であった。
1970年代から現代に至るまで、日本の都市は、賃貸住宅ではワンルーム・1K、ホテルではカプセルホテル、商業空間ではネットカフェや漫画喫茶など、「おひとりさま空間」が海外に比べて、質量ともに充実してきた。例えば2010年現在、賃貸住宅の間取りのうち、ワンルーム・1Kが占める割合は、東京が24.6%であるのに対して、ニューヨークは10.7%、ロンドンは6.8%、パリは13.4%と、東京が圧倒的に高いとのデータがある*3。1人世帯に限れば、東京では54%がワンルーム・1Kに住んでいる。これらをかんがみるならば、「おひとりさま空間」を、現代版「日本の都市空間」のタイポロジーに加えてもよいかもしれない。
では、なぜ日本に「おひとりさま空間」が多く見られるのか。この問いに答えるために、本特集では「おひとりさま空間」が、物理的な空間的形態であると同時に、公/共/私をめぐる社会的形態の現れでもあることに着目している。
細分化と均質性の彼方へ
かつて社会人類学者の中根千枝は、日本社会は、家、学校や会社などの小集団の「ウチ」での一体感や帰属意識が強い分、小集団間の関係は希薄で互いにバラバラに存在していること、小集団の「ソト」に出ると個人は孤立性を高める傾向にあることを指摘した*4。
「日本のおひとりさま空間」では、それら小集団から離れ、孤立性を高めた個々人がバラバラに存在しているように見えるかもしれない。しかし、例えばネットカフェや漫画喫茶などにおける空間の規範に、個々人が巧みに同調して振る舞うという点では、直接的な社交性なき小集団の形成や緩やかな一体感の共有が見てとれる。
また、地理学者のオギュスタン・ベルクは、日本の空間および社会には、高い人口密度への適性と素質として、細分化と均質性、閉鎖性と相互浸透性が共存していると指摘した*5。日本の都市に多く見られるワンルーム・1Kのマンション、カプセルホテルやネットカフェなどの「おひとりさま空間」は、細分化と均質性の共存の最たる例である。
ただし、「おひとりさま空間」とは、必ずしも個室だけを意味しない。西洋の住まいが、家族の内部でも個人を分離して扱ってきたのに対して、日本の住まいにおける障子や襖は、外界とつながりながら遮断する装置として機能してきた。このような開きながら閉じ、閉じながら開く空間的かつ社会的形態は、現代ではシェアハウスに見られる居室の閉鎖性と相互浸透性の共存をはじめ、本特集で取り上げられた事例の数々に姿かたちを変えている。
本特集の構成
本特集の第I部では、日本に特徴的な「おひとりさま空間」の諸相を、海外との比較を交えながら、都市、公共空間、商業空間、学校などの事例をもとに照らし出す。第II部では、「おひとりさま建築」の変遷を図版資料にまとめるとともに、公/共/私の境界、単身者住居の生活文化がどう歴史的に変容してきたかを浮かび上がらせる。第III部では、「おひとりさまの住まい」の戦略を取り上げ、若年者と高齢者の意識の違い、集まって住むことのこれから、人生最期における住まいが抱える問題に迫る。
「おひとりさま空間」は、日本の建築・都市の現在のみならず、歴史や文化を問い直す導きの糸となるに違いない。
(南後由和)
会誌編集委員会特集担当
大橋寿美子(湘北短期大学)、篠原聡子(日本女子大学)、南後由和(明治大学)、星野雄(アサツーディ・ケイ)、宮原真美子(日本女子大学)
注
*1 岩下久美子『おひとりさま』(中央公論新社、2001)。「おひとりさま」という表記は、岩下氏が考案したものとして商標登録されている
*2 上野千鶴子『おひとりさまの老後』(法研、2007)
*3 リクルート住宅総研『NYC, Paris, London & TOKYO賃貸住宅生活実態調査』(2010)p.186
*4 中根千枝『タテ社会の人間関係──単一社会の理論』(講談社、1967)
*5 オギュスタン・ベルク『空間の日本文化』(宮原信訳、筑摩書房、1985・1994)
[目次]
2 | 吉野博 震災復興支援の継続と低炭素社会の実現へ、そして新たな課題に向けて |
4 | 会誌編集委員会 |
6 | 柏木博×マニュエル・タルディッツ 古今東西おひとりさま空間 |
12 | 広井良典 「孤独」と「つながり」をめぐる諸相─日本社会における展望 |
14 | 西出和彦 公共空間におけるひとりの空間 |
16 | 星野雄+宮原真美子 おひとりさま商空間ルポ |
20 | 浅野智彦 ネットワーク社会とぼっち空間─学校 |
22 | 北川啓介+浅倉和真+野上将央 おひとりさま建築の要素と歴史 |
26 | 西川祐子 おひとりさま建築の文化史─ワンルームマンションからシェアハウスへの転回 |
28 | 田所辰之助 黒沢隆と個室群住居論─「近代住居」へのまなざし |
30 | 都築響一 日本の独居スタイル |
34 | 刈内一博 住まい手論考①「無形のシェア」が住まいを変える |
35 | 坂元良江 住まい手論考②「おひとりさま」とコレクティブハウス |
36 | 菊地吉信 食から考えるおひとりさまの住まい |
38 | 結城康博 孤独死時代における「住まい」 |
40 | 今和俊 SAYONARA国立競技場 |
42 | 石井翔大 『ヒューマニズムの建築・再論─地域社会の時代に』 浜口隆一 |
43 | 伊藤公文 「四角い建築」の発掘現場:ディーナー&ディーナー展 |
44 | 浦部智義 芳賀沼整 仮設住宅の再利用の可能性 |
46 | 奥野亜男 奥野ビル(旧銀座アパートメント) |
47 | 伊藤宏 住む場所から人生を変える 白木里恵子 対話の集積 ポーンパット・シリクルラタナ 保存と開発のすき間で |
48 | 会誌編集委員会 ポジティブなおひとりさま空間のためのバックグラウンド |