2015-4月号 APRIL
特集 集合住宅の「普通の暮らし」─アジア東部6 都市の比較
供給された「普通」
積層型のRC造の集合住宅は、今や多くのアジアの諸都市で、一般的な住まいとなっている。しかし、その歴史はさほど古くはなく、多くは戦後、都市への人口の大量流入への対処としてつくられてきた。ここに掲載した住戸平面は、アジア東部の各都市に暮らす私の大学の卒業生に頼んで、「普通の集合住宅の普通の住戸」という無理な注文を付けて送ってもらったものである。従って、例えば平均収入と販売価格のような、何か定量的な指標に基づいた「普通」の住戸の資料とはいかないが、それでも、傾向はつかめるのではないかと思って、並べてみた。日本以外はたいてい、バスルームが二つ付いていること、水回りは必ず外部に面しており、間口が広く、面積も香港以外は、日本より大きい。一方で、シンガポールのHDB(Housing & DevelopmentBoard[住宅開発庁])の住宅には、必ず有事に備えたシェルターがついているといったその都市それぞれに特徴があるものの、伝統的な家屋と比較すれば、住戸が核家族を前提としている点、基本的にはすべての機能を住戸内に備えている点など、やはり近代の住居としての特質を備えたものとしての共通性を持っている。
そして、その供給のプロセスも各都市によって異なるが、いずれにしても、供給されたものであり、しかも一気に大量に供給される場合が多かった。実はこの特集の企画にあたって、自分にとって最も不案内なシンガポールで短期に調査を行ったのだが、HDBの居住者へのインタビューで、ある高齢の男性がしきりに「シンガポーリアンはみな住宅を所有している、これはすごく幸せだ」ということを繰り返していた。多民族な国民が同じ住まいを「普通」のものとして所有し、それによってナショナルアイデンティティがつくられていく。これは、シンガポール独自の事情ではあるが、各都市それぞれに集合住宅の共有は「普通」の暮らしの供給でもあったように思える。
似ているようで違う
一方で、似たように見える集合住宅という器における暮らしは、その都市によって存外に異なっている。かつてソウルの古い団地を調査したときに、3世代同居が多いことに日本のマンションとの違いを感じたものだが、先に述べた8割がHDBの分譲住宅に住むというシンガポールでは、住まいは新たに夫婦になるもの同士が買うもので、基本は核家族であり、単身用の住まいも極めて少ない。従って、単身の外国人はその家族用の住居をシェアして暮らすことになる。また、家族用の住戸に、高齢者の介護などのために外国人のヘルパーが同居する例も、台北、シンガポールでは、少なくない。日本では、よほど大きな住戸でも、ヘルパーが同居する例は珍しいだろう。
このように住戸内での暮らし方、住戸内外のおける公私の領域のあり方、コミュニティの状況、都市との関係など、むしろ、似たような器がひとつのスケールとなってその違いが浮き彫りになるのではないだろうか。そして、その相違は、空間的なものとしてとらえると同時に、それぞれの持つ都市の状況を通時的にとらえることで、より鮮明になるだろう。
本特集の構成
今回の特集では、東京をひとつの拠点と考えたとき、その比較対象都市として、ソウル・台北・北京・香港・シンガポールといったすでに中間層が形成されおり、中国文化圏とも言えるある意味で似た文化的背景を持つアジア東部の都市を取り上げることにした。
それぞれの都市において、通時的でマクロな視点の論考と現在の都市の状況や日常的な暮らしに触れた論考を並置する構成をとることとし、また連載である「U-35住むことから考える」は2頁の拡大版として、それぞれの都市に居住する筆者からのルポとした。
今回の特集では、集合住宅という近代住居の成立と受容の過程を通して、アジアの大都市における「住む」ことを比較考察し、「普通」がいかに普通ではないか、を認識すると同時に、そこから、少子化や高齢化、伝統的な家族関係の変化など、諸都市に暮らす人々が抱える共通の課題に対する異なる戦略や解決を共有することを目指したい。
(篠原聡子)
会誌編集委員会特集担当
いしまるあきこ(いしまるあきこ一級建築士事務所)、大月敏雄(東京大学)、勝矢武之(日建設計)、栢木まどか(東京理科大学)、黒石いずみ(青山学院大学)、篠原聡子(日本女子大学)
[目次]
2 | 会誌編集委員会 |
4 | いしまるあきこ 都市データに見る集合住宅 |
6 | 川口太郎 アジアの都市住宅事情 |
8 | 高井宏之 アジア圏の集合住宅計画の概観─やはり日本の住宅計画は特殊か? |
10 | 岩本通弥 民俗学における「普通の暮らし」─岩本通弥・前日本民俗学会長に聞く |
16 | 千枝布美 東京 東京に住んで 境界なき作業室 ソウル ディヴァイディング・ボリューム 陳明佁 台北 コンビニ |
17 | 藤井洋子 北京 フートンライフ(胡同生活) 鄭靜 香港 客を招待できない家 平岡なつき シンガポール 住むことによるリアリティ |
18 | 鈴木雅之 集合住宅率70% 東京の普通の住まい─団地・3LDK・ワンルーム・超高層 |
20 | 木下庸子 集合住宅を通して見る東京の課題 |
22 | 冨井正憲 ソウルのアパート風景 |
24 | 任智顯 韓国のアパート団地内のコミュニティについて |
26 | 劉欣蓉 台北の戦後住宅政策史─都市・市場・貧困 |
28 | 佐野健太 台湾の集合住宅事情 |
30 | 市川紘司 〈節約〉から〈商品〉へ |
32 | 林文潔 北京の集合住宅事情と住民の暮らし |
34 | 小畑晴治 香港の都市の発展とハウジング施策 |
36 | 鄭靜 香港の高層住宅:家の外に住む |
38 | 田村順子 チャリ・マカン:ハートランダーの日常 |
40 | 北澤興平 国民総HDB暮らしでシンガポールが得たもの・失ったもの |
42 | 今泉宜子 明治神宮 語り継ぐべき100年のレガシー |
43 | 清洲土地建物株式会社 清洲寮 |
44 | 冨安亮輔 内陸避難者が集う場 |
46 | 川島範久 『環境としての建築─建築デザインと環境技術』レイナー・バンハム |
47 | 鷲田めるろ 創られた「シカゴ派」:ニューヨーク近代美術館「初期の近代建築」展 |
48 | 会誌編集委員会 編集後記 |