2015-5月号 MAY
特集 都市史から領域史へ
私たちの居住や生存を立ちゆかせている基盤や支持体と共に考えれば、都市はどうとらえ直されるだろうか。本号では都市や居住の根底を再考する視角として〈領域〉の歴史というテーマを提示したい。
ここでいう〈領域〉とは、都市を載せている地面の広がり、その下にある地層の重なり、そして、地面の上に展開する人文的様相としての土地、さらには、社会、建物、建築、都市を含む諸集落のすべてが、互いに深い関係のもと意味あるひとつのまとまりをなして存在する、そうした全体像のことである。
その〈領域〉の歴史で対象化されることはもはや都市の内部だけに留まってはおらず、農地やあるいは湿地などの荒蕪地、山や流域、またそれらの個性を形づくる地形や地質などまでが、都市に接続する諸関係のなかではっきりと意識化される。つまり領域史の視角では、一見都市や居住の埒外にあるように思える広大なものごとが、実は居住に深く続きこれを底から支えている存在であることを積極的に対象化するのだ。こうした態度は、地盤・地物・領土・国土などの「地」にかかわるあらゆる様態を、いったん括弧の中にくくり入れて問い直すことにもつながる。
ところでいま〈領域〉について、こうして「地」の様態から説き起こしていることは、〈領域〉なるものへの問題意識がはっきりしてきた出発点と関係がある。その大きな背景とはまず、2011年3月11日の巨大地震とこれによる未曾有の危機だった。われわれは都市や居住の文字どおりの地盤がいかに脆弱でかりそめのものに過ぎなかったのかを、大きく震える地面から再認識させられた。
都市が位置する領域は、あるいは都市の領域とは、いったいどのようなものとして考えられるのか。われわれの居住地の根本をあらためて認識するための時空スケールも、これまで建築史学や都市史学で扱われてきた百年から数百年の時間オーダーや、「空間」「場所」に関する議論のその先へと臨まざるをえない。
〈領域〉への視角は、歴史系にとどまらず建築学のありようを大きく変えていく可能性があるだろう。
本号の特集は全3部からなる。
第1部「都市史から領域史へ」の巻頭記事では、今なぜ〈領域〉への視点が必要なのか、また、それは建築学にとってどのような意味と有効性を持ちうるのかを問う。続く論考・解説記事では、ようやく緒に就いたばかりの〈領域〉という広大な対象を扱う視点と方法について、民俗学・地理学・環境考古学・環境計画学・農村計画学・歴史学など建築学以外の分野でそれぞれ蓄積されてきた試みと理論を把握・整理しながら、現時点における領域史への方法を展望する。
第2部「都市史研究の方法と広がり」、第3部「都市史研究の現場」では、『建築雑誌』初の都市史特集が組まれた1997年から現在までの論点の推移を整理しながら、都市史研究の現在とこれからを考える。
(松田法子)
会誌編集委員会特集担当
松田法子(京都府立大学)、栢木まどか(東京理科大学)、黒石いずみ(青山学院大学)、槻橋修(神戸大学)、福岡孝則(神戸大学)
[目次]
2 | 会誌編集委員会 |
4 | 伊藤毅 領域史への視点、領域史の方法 |
12 | 赤坂憲雄 潟化する世界のほとりで |
14 | 野間晴雄 低地の歴史生態システム─低地居住史と農地開発 |
16 | 菊地成朋 有明海の干拓集落とその領域 |
18 | 磯辺行久 エコロジカル・プランニングと1970年代の列島改造 |
20 | ソーニャ・ドュンぺルマン 「ランドスケープ」についての寸描 |
24 | マッテオ・ダリオ・パオルッチ イタリアのヴェネト地方における18世紀の農村景観と現在 |
26 | 福村任生 キーワードとしての「パエサッジョ」と「テリトーリオ」─現代イタリアにおける類型論・風景領域論の系譜 |
27 | 向井伸哉 フランス学界における空間分析について─中世史家の視角から |
28 | 勝田俊輔 アイルランド近代史におけるランドスケープ─歴史と地名 |
30 | 松本裕 建築学会における都市史研究:1997-2014─学際的プラットフォームの創設とテーマの展開 |
32 | 岩本馨×岸泰子×初田香成×松山恵 70年世代の都市史 |
38 | [江戸遺跡研究会]栩木真 2015年の取組み [千年村運動体]文責:中谷礼仁・堀井隆秀 千年村から学ぶ |
39 | [都市計画遺産研究会]中島直人 現代都市の文脈としての都市計画遺産 [都市史学会]吉田伸之 都市史をめぐる共同フォーラムの構築に向けて |
40 | [比較都市史研究会]古川誠之 歴史的都市と比較 [法政大学エコ地域デザイン研究所]陣内秀信 〈テリトーリオ〉の思想─イタリアから東京へ |
41 | 石榑督和 東京の「マーケット」のゆくえ |
42 | 岩元真明 『S,M,L,XL』レム・コールハース |
43 | 日埜直彦 グローバリズムの先駆け 磯崎新の「間」展 |
44 | 井本佐保里 「みんなの舞台」の建設─震災後3、4年目における仮設住宅地支援の可能性 |
46 | 石津祥介 石津邸(池辺作品No.38) |
47 | 小島見和 都市に包まれて生活する 中島千晶 サンフランシスコから世界へ 松本純一 不公平な国 |
48 | 会誌編集委員会 編集後記 |