2015-8月号 AUGUST

特集= 住まうことから制度を考える


Questioning Our Housing System from Inhabitants' Perspectives

 

特集 住まうことから制度を考える

 山本理顕は『権力の空間/空間の権力』の冒頭に、「謎の文章」という項目を立て、ハンナ・アーレントの著書『人間の条件』からひとつのパラグラフを紹介する。

都市にとって重要なのは、隠されたまま公的な重要性をもたないこの領域の内部ではなく、その外面の現われである。それは、家と家との境界線を通して、都市の領域に現われる。法とは、もともとこの境界線のことであった。そしてそれは、古代においては、依然として実際に一つの空間、つまり、私的なるものと公的なるものとの間にある一種の無人地帯であって、その両方の領域を守り、保護し、同時に双方を互いに分け隔てていた(『人間の条件』p.92)。

 山本理顕はこのパラグラフにある「無人地帯」(原文では"no man's land")に強く反応して、この言葉を「閾という空間概念」に展開して論が進められる。確かにこのパラグラフは『人間の条件』のなかで気になる部分で、私もこの個所を鉛筆で囲んでマークしていた。が、このパラグラフから数行置いて「都市国家の法とは、まったく文字通り壁のことであって、それなしには、単に家屋の集塊にすぎない町(asty)はありえたとしても、政治的共同体である都市はありえなかったであろう」と書かれている。この文章の方が私にとってはインパクトがあって、文字に横線を入れている。「法とは壁である」とするのは、ここでは空間の所有にかかわっているからである。壁で囲い込んで私的領域を確保し、それを守ることが法である。私的領域と私的領域の間にある所有を明らかにする壁、さらに、壁で囲い込み所有された私的領域の残余空間が公的領域となる。この空間の所有を示す境界線が壁であり、それが法であるとする。壁は視線を遮り人が交通できなくするものなのだが、そこに開口部を開けることで互いの関係性を表示することもできる。開口部から見る者の姿が消えることで監視する権力が生まれ、見られる者が定常化することで抑圧の構造が生まれる。関係を遮断することもでき、自由な往来も表現できる。だから壁は法であり、それは「制度」と言えるのだ。
 私たちの生きる世界は自然に形づくられているのではなく、社会や都市の現れは制度によって取り決められている。近代という社会は、人々が自由に欲望するプライベートセクターの事物が、それを制御する官というパブリックセクターの〈間〉を取り持つ「制度」によって運営されていると言うこともできる。そのプライベートセクターを構成するマーケットは、制度が存在しなければ限りなく資本の欲望に連動する。そのため官はマーケットを制度によって誘導しようとするが、その制度設計によっては、私たちの生活には大きな影響を与えることになる。

テーブル

 もうひとつ、同じ『人間の条件』から、齋藤純一の『公共性』のなかで取り上げられている興味深い文章がある。

世界の中に共生するということは、本質的には、ちょうど、テーブルがその周りに座っている人びとの間に位置しているように、事物の世界がそれを共有している人々の間にあるということを意味する。つまり、世界は、すべての介在者(in-between)と同じように、人びとを結びつけると同時に人びとを分離させている(『公共性』)。

 公的領域を定義する章で書かれている文章なので当然なのだが、齋藤純一は、この引用したパラグラフに続けて、公共性の意味を「現われの空間」という概念からさまざまに検証している。このパラグラフも気になって鉛筆でマークしているのだが、この直前にある「......世界は、人間の工作物や人間の手が作った製作物に結びついており、さらに、この人工的な世界に共生している人びととの間で進行する事象に結びついている」という文章が「テーブル」を理解するうえでは重要である。そして、アーレントはテーブルが取り去られると人間の関係性がなくなるという記述を続ける。in-betweenを介在者と訳しているのがわかり難くしているようで、『公共性』ではin-betweenを〈間〉としている。そこで、テーブルが表象するものは、実態を持った建築空間や都市空間であることが想像できる。ここで空間のありようによって、人びとの関係性が生まれたり、分離し孤立化させることもできるということが理解できる。
 アーレントにはmaterialization(物質化、具体化)という不思議な文章がある。志水速雄訳では「物化」としてあるためか、いろいろと想像してしまうのだが、人間が自然環境から人工環境をつくり出すことを指しているように思える。それは、建築空間・都市空間のことである。山本理顕はこの「物化」によって「建築空間を実際に体験することによって、建築空間と共にその思想をリアルなものとして実感する」としている。建築または都市空間という実体は、社会制度そのものを表現しているということである。

無人支配

 『ハンナ・アーレント』という、アイヒマン裁判を描いた映画が評判になったことで、アーレントを知る人は多い。ナチス親衛隊の将校で何百万人ものユダヤ人を強制収容所に送ったアイヒマンに対して、アーレントは罰を与える、または許すという個人の犯罪の問題ではないとする。それは、善悪を自ら思考せず、そして判断せず命令に従う「無思想性」の犯罪なのだ。それを、『人間の条件』では「無人支配」(no man rule)という言葉を使う。

統治の最も社会的な形式は官僚制である。したがって、慈悲深い専制主義と絶対主義における一人支配が国民国家の最初の段階だとすれば、官僚制はその最後の統治段階である。ここから知られるように、無人支配[no man rule]は必ずしも無支配ノー・ルールではない。実際、それはある環境のもとでは、最も無慈悲で、最も暴力的な支配の一つとなる場合さえある(『人間の条件』p.63)。

 この話に続けるのは適切ではないかもしれないが、2001年に制定された「都市再生法」は、都市で生活する人々に思いが至らない。大手ディベロッパーによって構成された政府諮問委員会が提言したと聞いているが、この法は経済活動を行う都市の形成としては有益な制度であったのかもしれないが、人々が豊かに住まう未来の都市の姿を描いていたとは思えない。経済活動を主軸に置いたこの制度設計によって、都心部にはタワーマンションが立ち並ぶという風景が現前した。しかし、接地性のある低層の居住形式が生み出すコミュニティの保全を考えれば、タワーマンションという居住形式は、それとは異なるツリー構造の人間関係を肯定するもので、多様なコミュニティを阻害する可能性もある。そこに見るのは、制度を設計する側に、人々の生活に対しての無思想性が存在することである。この無思想性の問題は2011年の東日本大震災後の復興の現場でさらに大きく顕在化したように思える。
 東日本の津波で流された更地(タブラ・ラサ)には、この言葉も適切ではないかもしれないが、未来をつくる無限の可能性があった。復興計画の進行のなかで、この社会では統合的な街づくりの活動が困難であることが明らかになる。都市をつくる役割は、土木、建築、インフラなどと切り刻まれており、担当するそれぞれのセクターが、その閉じた領域での最適解をつくり上げる。それは、部分は的確であっても、全体として見たときに不整合な集合体となる。私たちは巨大な自然災害の前で人間の無力さを知ったはずなのだが、そこに、さらに巨大な堤防をつくって自然を制御しようとする。人々がどのように住むか、ビジョンも立てられていないうちに、道路と電信柱による配電だけが復旧される。高台移転というアイデアで、山頂が平らに切り取られ宅地造成が行われる。そして、かつて都市が膨張したときに使われた戸建住宅団地や公団型アパートが再び計画される。「無思想性」の官僚制度の社会では、すべてオートマティカルだ。そこで、まったく新しく計画する場合でも、既存都市が抱える問題が再現されることがわかる。人は連続した空間を生きている。しかし、その人の生きる空間は「制度」によって切り刻まれているのだ。
 8月号では、そんな「住まうこと」から制度について考えてみたいと思う。

(北山恒)

会誌編集委員会特集担当
大岡龍三(東京大学)、大橋寿美子(湘北短期大学)、北山恒(横浜国立大学)、佐藤淳(東京大学)、篠原聡子(日本女子大学)、福屋粧子(東北工業大学)、満田衛資(満田衛資構造計画研究所)、厳爽(宮城学院女子大学)

[目次]

特集|住まうことから制度を考える

主旨
2会誌編集委員会

第1部|制度と建築
4大方潤一郎 小野田泰明
震災と制度/制度と都市
8平山洋介
住宅政策と個人/家族化
10大月敏雄
角を矯めて牛を殺さない制度運用
12大原一興
福祉施設と制度
13小林健一
医療施設と制度
14文山達昭
路地の保全・再生の取組み:京都市の細街路対策

第2部|エンジニアリングにふさわしい制度の模索
16佐藤淳
解題:規則は少ない方がよい─エンジニアリングにふさわしい制度の模索
17日置雅晴
エンジニアリングの多様性と社会的信頼の両立の可能性
20工藤和美
健全な制度設定に向けて
22坂本雄三
環境建築と制度
24小栗新
"特徴あるデザイン"と制度の関係にかかわるいくつかの命題

連載

住むことから考える東京2020⑫
26岸井隆幸
2020年を超えて

海図の切れ端─現代建築批評再考⑭
27川勝真一
『環境開発論』浅田孝

震災復興ブレイクスルー⑳
28冨安亮輔
高齢者等のサポート拠点

未来にココがあってほしいから─名建築を支える名オーナーたち⑳
30石井智子
目神山めがみやまの家1(回帰草庵)

住むことから考えるU-35⑳
31加藤朋哉
物語を紡ぐ道具
五ノ井麻衣
シェアが人生を楽しく豊かに
向井達也
芸術祭でできたこと

EDITORS' CAFÉ⑳
32会誌編集委員会
編集後記