2015-9月号 SEPTEMBER
特集 記憶のつなぎ方
東日本大震災の復興過程における光景で一際印象的だったのは、たくさんのボランティアの人々が、波にさらわれた後のがれきや泥の中から、誰のものとも知れぬアルバムなどの思い出の品であろう物品を丁寧に拾い集めて、元の持ち主やその家族のもとに届けるべく、奮闘している姿であった。
20世紀あるいは昭和の日本の建築テーマは、とりもなおさず「つくる」ことであった。20世紀は西洋風に追いつくことこそが善であり、昭和は関東大震災、戦災という未曽有の大災害によるがれきからの復興のために強靭な建築をつくっていくことが善であった。
西洋化のもたらす文明の一部は快適性と言い直してもよいだろう。それは数々の建築性能指標として基準化され、目標化され、システマティックにその達成が目指されるようになった。そして強靭な建築を一般化するためにも、数々の指標が生み出され、その達成を大いに後押ししてきた。そして現在では地球規模での環境異変への対応や、サステナビリティのための指標が次々に生み出され、社会的にそれを目指すのが善ということになっている。
しかし、数値による指標化にはなかなかなじまないものの、確かに建築を取り巻いて厳然と存在する価値はある。そのひとつが「記憶」なのではないだろうか。「建築や風景は人々の記憶を蓄えておく機能がある」とすれば、指標化こそできないものの、記憶を建築のひとつの機能、あるいは価値として認識することによって、次第に「つくる」時代から「つなぐ」時代に移行しつつある日本の建築状況を後押しするひとつの考え方にならないだろうか、というのが本特集の意図するところである。
冒頭に述べた東日本大震災の記憶収集の風景を、あえて数値化しようとすれば、ボランティアの携わった時間と人数と単価を掛け合わせて総和を算出し、その経済的価値を測ることも可能であろうが、それだけでは、かくも多くの人々が衝動的に、がれきの中から他人の誰かの思い出の品を見つけてあげよう、と行動したモチベーションは説明できまい。
がれきの中から見つかるのは壊れた建築の部品やかつて建築の中にあった物品だったが、世の中には、災害以外の理由で壊されてゆく建物についても、同様に記憶をつなぐための努力がさまざまになされている。建築群や建築単体、建築の部分、建築にまつわる思い出、建築についてみんなと一緒に考えたことなど、こうした「記憶」にかかわる価値を、文化財保存的観点、懐古趣味的観点、リノベーション的観点、はたまたその地域のアイデンティティを再構成するといった観点から、どんなふうに取り扱っていけばいいのか。そのことを「記憶」というキーワードをめぐって考えようという特集である。
(大月敏雄・いしまるあきこ)
会誌編集委員会特集担当
いしまるあきこ(いしまるあきこ一級建築士事務所)、大月敏雄(東京大学)、槻橋修(神戸大学)、栢木まどか(東京理科大学)、安武敦子(長崎大学)
[目次]
2 | 会誌編集委員会 主旨 |
3 | 窪田亜矢 まちの記憶のつなぎ方 |
6 | 後藤治 建築の保存と記憶をつなぐこと |
8 | 近角真一 記憶を受け継ぐ建築─求道会館・求道学舎、NEXT21の事例から |
10 | 大月敏雄 同潤会アパートに見る記憶継承の30年 |
12 | 川添善行 『空間にこめられた意思をたどる』から |
14 | 森永良丙 コーポラティブハウスのミーム |
16 | 隈研吾 粒子の記憶 |
18 | いしまるあきこ 建築との「記憶をつくる」 |
20 | 渡邉英徳 多元的デジタルアーカイブズと記憶のコミュニティ |
22 | 佐藤正実 「人」が「云う」ことで「伝」える 100年後に伝わるアーカイブを |
24 | 伏見唯 「日本文化私観」坂口安吾 |
25 | 小嶋一浩 「意識=様相=21世紀」の空間のあり方を問う─"Architekturvision 1984"展 |
26 | 村松伸 象の家(旧 ギャラリーをもつ家) |
27 | 岩本諭 坂のまちから考えるこれから 銭本慧 豊かな物々交換ライフ 田畑耕太郎 風景の続きを |
28 | 会誌編集委員会 編集後記 |