2015-11月号 NOVEMBER

特集= 生きるための家 I


Houses for Us to Live on I

 

特集 生きるための家 I

「造家の原点」として「生きるための家」を考える

 現代の情報環境の急激な変化だけでなく、2011年の東日本大震災の経験は、これまでの被災のなかでも最も深刻に日本の都市や建築の研究、職能、産業のあり方に影響を与えた。われわれは都市や建築の技術、計画の限界と同時にその役割の重要さをあらためて認識し、行政や専門家団体としてだけでなく、さまざまな領域の人々がワークショップや保存活動を通して地域の声を吸い上げて現地の問題を把握し復興の方向性を提案していることを見て、あらためて建築の意味やその社会的役割を再考すべきことを感じている。2014年から2015年にかけての「住むことから考える」シリーズもそのひとつだが、11月号と12月号ではそのまとめとして「生きるための家」を考えることにした。
 その主旨説明の手がかりとして、1897年に「造家学会」から「建築学会」に改名するきっかけとなった伊東忠太の論考を取り上げたい。その議論は次のように始まる。「『アーキテクチュール』の語原は ギリシャにあり、正しくは大匠道と訳すべく、高等芸術と訳すも可なり。......ローマ人これをもって宮殿、寺院等を設計築造するの芸術に命名せしより......これを訳して......造家学会を現出するに至りたり」。そして伊東は、アーキテクチュールの本義は家屋を築造することではなく、その造形により真美を発揮することにあるので、家を造る学と訳すのは不可能であり、墳墓、記念碑、凱陣門の創作こそがアーキテクトの対象として本来のものであると述べ、不備はあるが建築という文字をあてるべきだと説いた。この伊東の議論に対しては、アーキテクチュールの意味が本来は「諸芸を統制する原理」であり、より建築の意味を広くとらえることが必要であることはもとより、彼の誤解は当時の状況に適応して学会を性格付けるために意図的になされたのではないかという議論もある。
 しかしながら、ここで伊東が挙げている「ローマ人」の建築の考え方とはそもそもどうであったのだろうか。建築論の原典とされるローマのヴィトルヴィウスによる『建築とは』という十書からなる著作は、実は意外な側面を持っている。彼は第一書で建築の三部門として家を建てる、日時計をつくる、機械をつくることを挙げる。そして、家を建てる部門では城塞や公共建築と、個人の家の二つに分けて、後者で強・用・美の三原則を論じている。また、第二書の材料の部分ではさらに家のつくり方の起源をさかのぼったのち、神殿の諸様式、公共建築、家、仕上げ、水、日時計、機械の実際を論考しているのだった。つまり、伊東の理解と異なって、「ローマ人」の建築論においては、家を造ることが建築を考える原点だった。『建築十書』の翻訳が出るのは後のことなので、伊東はこの段階でこれを知っていたかどうかは不明だ。しかし重要なことは、19世紀末に欧米に倣おうと建築の領域から意図的に排除した「家」の意味を、21世紀のわれわれは、建築の人々の生命を守る本質的役割と理解し、建築や都市にかかわる仕事が、アーキテクチュ─ルの語源的意味である「技やものごとの始まりと原理を理解しその変化の方向性を提示すること」だと、体験的に理解していることなのである。
 そこでその理解を確かめるために、これまでの住まいシリーズで扱ってきたさまざまなトピックスをまとめ、また、今後の技術や制度の変化、多文化化のなかで、建築が環境や社会的紛争・自然災害へ適応していく手がかりとして、いかにありうるかを2号にわたって次のように扱う。11 月号では、現在住まいの原点についてどのような視点があり、どのような技術や実例と関連しているのかを全員で協議し、それを可能な限りニュートラルな要素に整理して、①人間知としての建築、②家族とコミュニティ、③都市を住みこなす、④場を住み継ぐ、⑤復興期に住むこと、⑥移動と自由、⑦未来と技術・情報という七つの区分でまとめ、読者の幅の広い解釈を招きたいと考えた。そして12月号では、それに新たな位置付けと方向性を示唆する論考や実践を紹介する予定である。

(黒石いずみ)

会誌編集委員会特集担当
黒石いずみ(青山学院大学)、篠原聡子(日本女子大学)、太田佳代子(建築キュレーター)、大月敏雄(東京大学)、北山恒(architecture WORKSHOP、横浜国立大学大学院Y-GSA)、槻橋修(神戸大学)、いしまるあきこ(いしまるあきこ一級建築士事務所)、寺田真理子(横浜国立大学大学院Y-GSA)、藤原徹平(フジワラテッペイアーキテクツラボ、横浜国立大学大学院Y-GSA)、宮原真美子(日本女子大学)

[目次]

特集|生きるための家 I

主旨
2会誌編集委員会

1 人間知としての建築
3黒石いずみ+鉃矢悦朗+山崎泰寛+厳爽
自分で家をつくる力
家を物語る
家づくりの知恵を伝える
生きるための居場所

2 家族とコミュニティ
9大月敏雄+大橋寿美子+神吉優美+南後由和+宮原真美子
ひとりで暮らす
家族で暮らす
他人と暮らす
コミュニティで暮らす

3 都市を住みこなす
15有岡三恵+勝矢武之+佐藤淳+篠原聡子+寺田真理子
スクウォッター
セルフリノベーション
つながる場の創造
デッドストックの再活用
コモンスペースの挿入

論考
21北山恒
住まうことから考える、生き延びるための家/Whole Earth Catalog

4 場を住み継ぐ
23栢木まどか+福岡孝則+松田法子+安武敦子
自然の受容
技術や仕組み
拘束性
住み継げなくなるということ
新たな試み

5 復興期に住むこと
29槻橋修+貝島桃代+福屋粧子+小林徹平
応急的に住む
復興期の生活
支援とコミュニティ
復興住宅
場所の記憶

6 移動と自由
35いしまるあきこ+北山恒+藤原徹平+真壁智治+満田衛資
プレファブリケーション
ポータブル&ムーバブル
ミニマムハウス
セルフビルド
サスティナブル&サバイバル

7 未来と技術・情報
41大岡龍三+腰原幹雄+佐々木仁+近本智行+星野雄+松川昌平+太田佳代子
住まいの情報端末
住まいの設計システム
住まいとエネルギー
住まいの未来

総括
47篠原聡子
「生きるための家」に見るさまざまな逸脱のかたち