2016-7月号 JULY
特集 大型木造宿泊施設の過去と未来
建築物の耐震改修の促進に関する法律等が平成25年11月に改正され、旅館や店舗などをはじめとする、不特定多数が利用する大型の建築物を対象として耐震診断の実施とその結果の報告を義務づけ、所管行政庁において当該結果の公表を行うこととなった。この改正に伴い、各地に存在する大型の木造旅館など歴史的な価値がある一方、耐震性能には問題を持つ建築物をどのように残していくかが現在、喫緊の課題となっている。
宿泊施設(ホテル・旅館)の場合、上記の規制対象に該当するのは、階数3以上かつ1,000m2以上の「特定既存耐震不適格建築物」、階数3以上かつ2,000m2以上の「指示対象となる特定既存耐震不適格建築物」、階数3以上かつ5,000m2以上の「耐震診断義務付け対象建築物」である。ただし、義務づけの対象は旧耐震建築物である。木造の宿泊施設は、近世の温泉旅館や近代の洋風ホテルなどが挙げられ、3階建て以上の大型のものは主に江戸末から1960年ごろまでに建設されている。従って、現存するものの多くは歴史的建造物であると同時に旧耐震建築物であるため、構造的にはなんらかの補強が必要になる。建て替えず、建物の意匠や歴史的価値を尊重した補強工事をするためには、技術的な工夫もさることながら多大な費用がかかることになり、結果的に建替えを選択せざるをえない事例が今後も数多く現れることが危惧される。
耐震診断の義務づけの対象(3階建て5,000m2以上)は、登録有形文化財(建造物)では10棟未満にとどまるが、未指定の歴史的建造物を含めるとその数は少なくない。大型ではないものも視野に入れると、近年は町家を改造した宿泊施設なども急増している。そもそも、法的な問題以前に耐震性能だけなく防火性能も含めた、安全性の確保が重要であることは明らかであるが、これを文化的な価値を損なわず、どのように商業的に成立させるかが大きな課題となっている。
一方、現存する大型木造宿泊施設は建築基準法等の規制により1960年ごろまでに建設されたものがほとんどである。しかし、1987年の木造建築の高さ制限の緩和、2000年の性能規定化と木造建築の構造・防火の技術的な進歩に伴い、近年は中・大規模の木造建築が建設されるようになってきている。過去の類例を調べ、その問題点と魅力を検証することで今後、新たな大型の木造宿泊施設が設計・建設されることも期待される。
本特集は、このような状況をかんがみ、構造・防火・法規それぞれの観点と複数の事例報告を通じて、大型木造宿泊施設の歴史と現状、修理・活用方法などについて紹介したものである。大型木造宿泊施設の歴史的・文化的な価値を継承しつつ、安全性を確保し、健やかに経営するための、一助となれば幸いである。
(藤田香織)
会誌編集委員会特集担当
藤田香織(東京大学)、山田常圭(消防庁消防研究センター所長)、樋本圭佑(国土交通省国土技術政策総合研究所)、戸田穣(金沢工業大学)
[目次]
004 | 会誌編集委員 主旨 |
005 | 腰原幹雄 現代木造建築の考え方 |
008 | 後藤治 歴史的宿泊施設の継承のために─先進各国における歴史的価値の継承と性能確保の両立 |
010 | 長谷見雄二 大規模木造宿泊施設の防火対策 |
012 | 花里利一+岩田昌之 歴史的大規模木造宿泊施設の構造的な特性 |
014 | 尾谷恒治 建築基準法の適用除外と所有者等の法的責任 |
016 | 内田青蔵 大規模木造宿泊施設の歴史的・文化的価値 |
018 | 沢田伸 城崎温泉─兵庫県豊岡市の取組み |
020 | 村田敬一 群馬県における温泉旅館建築の変遷 |
022 | 森田仁彦 文化財的価値に安全・安心を付加したクラシックホテルの長寿命化 |
024 | 奥山陽二 京町家等の歴史的建築物の保存活用に向けた京都市の取組み |
表紙裏 | 三井所清典 「システム志向」と「地域志向」 |
002 | 藤岡洋保 清家清資料より、齋藤助教授の家(1952年竣工、2008年取り壊し) |
026 | 勝俣伸 富士屋ホテル(本館、西洋館、花御殿、食堂ほか) |
028 | 公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会 民間賃貸住宅借上げによる応急仮設住宅の転換点 |
030 | 桂有生 建築に携わる人たちに求められる資質はどんなものですか |
031 | 石山央樹 ⑬中部大学工学部建築学科石山研究室 木質構造を時間軸でとらえる |
031 | 瀧野敦夫 ⑭奈良女子大学木質構造学研究室 木造文化財の耐震化 |
032 | 会誌編集委員 |