2016-8月号 AUGUST

特集= 気候変動対策:緩和と適応


Climate Change: Mitigation and Adaptation

 

特集 気候変動対策:緩和と適応

 2015年11月30日から12月11日まで、フランス・パリで、気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)が開催されたのは記憶に新しい。しかし、この会議でどのようなことが議論され、どのような取り決めがなされたのか正確に把握している人はいったいどれだけいるのだろうか。1997年にCOP3で締結された京都議定書に比べると、日本における盛り上がりは明らかに欠けているのではないか。もっと言えば、京都議定書において日本に割り当てられた削減目標が達成されたのか、いないのかさえ知らない人が多いように思う(答えは本号鼎談参照)。

 一方、日本建築学会では比較的早い段階で気候変動対策を行ってきた。1990年には建築と地球環境特別研究委員会が組織され、1995年に地球環境委員会が発足以降、さまざまな地球環境保全を考慮にいれた建築のあり方が議論されてきた。これは日本の建設分野におけるCO2排出量が日本全体の約1/3を占めることから、建築界全体で取り組むべき問題だからである。これらの取組みの結実の一例が、2000年に発行された地球環境・建築憲章である。また現在では、建築学会を中心に建築関係18団体からなる「低炭素社会推進会議」が組織され、ここでも積極的に低炭素社会のあり方が議論されている。

 前言を翻すようだが、このように建築分野において、地球環境問題は大きな盛り上がりを見せている。しかしその盛り上がりは、一部に留まっているのではないかと思う。多くの建築にかかわる人々はなんとなく地球環境問題や環境にやさしいということは大事だなと考えていても、それを十分に意識し、実践している人は少ないように思う。それは地球環境問題が他の問題に比べてあまりにも大きく、因果関係がわかりにくいからだと考えている。CO2に代表される温室効果ガスが地球環境問題の主因となっていることは理解しているが、われわれ一人ひとりの生活がそれにどのような影響を与えているのか、われわれの貢献や努力がそれをどこまで改善できるのか、すなわちどこまで努力すればよいのか非常に見えにくいのだ。このわかりにくさが、温暖化懐疑論なるものの原因にもなっている。本稿執筆者の知り合いの建築関係者のなかにもこの懐疑論に基づき、地球環境問題に顧慮する必要はないという人はいる。あらゆる権威に疑義を呈することは、科学的態度として必要ではあるが、多くの専門家による学術的なエビデンスに基づいた警鐘に対する、リスペクトのある傾聴がもう少しはあってよいのではないかと個人的には思う。もちろん、専門家を取り巻く人々にはそれぞれの思惑があるかもしれないが。

 少し話がそれた。言いたいことは、地球環境問題にかかわっている人々は、必ずしもすべての人にとって地球環境問題が自明なことではないということを、十分に理解する必要があるということである。その意味でこの問題に対する専門家と呼ばれる人々の責任は大きい。地球環境という非常に大きな問題をいかに分解してわれわれの生活レベルの問題まで落とし込むか、われわれの個々の取組みを統合することで、それが全体としてどのように地球環境を改善するのかということを指し示す必要があるからである。この道筋を指し示すことができれば、より多くの人々が理解してくれるのではないかと期待している。

 もちろん先に述べたように、本学会でも、地球環境問題の一般への理解を深めるための取組みは行っている。しかし、さらに幅広く発信し続ける必要がまだまだあるように思う。そこで、今号では、より多くの人々に、再び地球環境問題への関心を持っていただくため、「気候変動対策:緩和と適応」と題する特集を企画した(本誌2016年1月号「気候変動の今」[木本昌秀]にあるように、Climate Changeは本来は気候変化と呼んだ方が適切であるが、ここでは慣例に従い気候変動と呼ぶ)。緩和(ミティゲーション)とは、CO2に代表される温室効果ガスの排出量を削減し、気候変動を抑制することである。適応(アダプテーション)とは、変動してしまった後の環境に対していかに適応するかということである。気候変動対策における緩和と適応の関係を下図に示す。従来は気候変動対策と言えば、建築分野では緩和策が中心であった。しかしながら、近年の低炭素社会形成のための努力にもかかわらず、気候変動は進行し、気象災害が甚大かつ高頻度になりつつある状況にあることから、適応策にも注目が集まりつつある。

 このような問題意識のもと、本特集では、COP21に実際に参加した末吉竹二郎氏と長谷川公一教授と低炭素社会推進会議議長の吉野博教授をお招きし、気候変動対策と建築の未来についての鼎談を行った。また緩和策と適応策に関して、数編の寄稿で構成した。緩和策と適応策については、それを実現する技術だけではなく、それを受け入れるための社会のあり方についても論じていただけるよう留意した。建築は、気候変動を抑制する緩和とわれわれの生活を守る適応の両方について大きなポテンシャルを持つ。建築をつくるにあたって、また制約条件が増えると嘆くことなかれ。建築のできることは大きくかつ重要なのである。

(大岡龍三)

会誌編集委員会特集担当
大岡龍三(東京大学)、今井康博(大林組)、大村紋子(納屋)、壁谷澤寿一(首都大学東京)、西原直枝(聖心女子大学)、樋山恭助(明治大学)、水石仁(野村総合研究所)

[目次]

特集 気候変動対策:緩和と適応

004会誌編集委員
主旨

006末吉竹二郎×長谷川公一×吉野博
気候変動対策が建築の未来をつくる
012高口洋人
省エネ建築の普及戦略
014西田裕子
活発化する都市政府の建築物エネルギー施策
016田村雅紀
建材LCにおける低炭素化を含めた緩和策と適応策
018喜々津仁密
竜巻や積雪後の降雨による最近の気象災害に対する研究の展開
020加藤孝明
気候変動に対応する防災都市づくりの方向性
022登内道彦
暑くなる日本の夏と熱中症
024永田佳之
気候変動教育とは何か─地球温暖化を生み出した近代教育を越えて

連載

My History⑧
表紙裏 仙田満
 環境デザインを目指して

近現代建築資料の世界 ⑧
002中川利國
藤本千万太資料より Peace City Hiroshima

未来にココがあってほしいから 名建築を支える名オーナーたち ⑧
026羽田恒夫
パレスサイドビル

これからの公共的建築のつくり方 ⑦
027西村浩
土木、建築、まちづくりの境界は必要ですか

震災復興の転換点 ⑧
028内山征
復興を契機とした地域マネジメントへ─越喜来のケース

近代日本建設産業史再考 統計資料からのアプローチ ⑤
030宮谷慶一
砂利:『農商務統計表』ほか

研究室探訪
031宇野朋子
⑮武庫川女子大学建築環境・設備研究室
保存と創出のための環境工学
031高橋徹
⑯千葉大学構造解析研究室
千葉で雪の研究

編集後記
032会誌編集委員