2017-1月号 JANUARY

特集= 建築をとりまく「選択と集中」


Selection and Concentration in Architectural Field

 

特集 建築をとりまく「選択と集中」

多様性のある建築界だからこその「選択と集中」問題

 「選択と集中(Selection and ConcentrationまたはConcentration in Core Competence)」は、1980年代にGE社のCEOであったジャック・ウェルチが経営学者ピーター・ドラッカーとの対話で考え出した経営戦略である。日本においてはバブル経済が崩壊した1990年代以降もてはやされ、その導入に成功した企業よりも失敗した企業の方が多数あるとも言われているが、今もなお企業の経営戦略として重要な位置を占めている。建築を取り巻く社会でも、企業活動においてはもちろんのこと、地方創生が叫ばれつつ都心への一極集中が止まらない現状、学術研究における重要テーマの選択とその予算配分、歴史的建造物の保存にいたるまで、現実の問題解決において「選択と集中」に代表される経営思考を避けて通ることはできない。しかし、多様性のある建築界では、企業経営における「選択と集中」の対象事業評価マトリクス 図1のように価値の評価軸を「他社/他者に対する優位性」や「経済効果」だけで一意に定めることはできず、「選択と集中」が課題解決の唯一の処方箋ではないことも容易に想像される。
 そこで本特集では、建築にまつわるさまざまな分野における「選択と集中」のメリット/デメリットが、現状および今後どのように顕在化するか、鼎談と14の論考により論点整理を試みた。特に、本会が掲げる「建築としての声を一つに」のスローガンを踏まえ、専門分野の垣根を超えた幅広い視点からの意見を集めた。

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「選択と集中」の適用実態

 日本企業における「選択と集中」の導入は、実体として不採算部門の切り捨て/短期的に利益を確保する理由として使われることが多く、選ばれなかった部署の人心離反や、選ばれるための利益至上主義が利益の水増しや粉飾決算につながった事例もあり、その負の側面が浮き彫りにされることが多い。また、「選択と集中」の発案者であるジャック・ウェルチがGE社で「選択と集中」を経営戦略として推し進めた際は年間15%の社員のクビを切り続けたと言われているが、GE社の場合、従業員の企業年金の過半数がGE株であり、「選択と集中」の結果として株価が十数倍に高騰すると、クビを切られる従業員も大金を手にして退社することになるだけでなく、再就職にあたってもGE社出身であることがむしろ奏功したと言われている。すなわち、「選択と集中」の戦略自体が問題なのではなく、その適用実態が広い視野で長期的に考えられたものなのか/狭い視野で短期的利益だけを念頭に考えられたものなのかが、(結果論的な部分もあるかもしれないが)この戦略の功罪を決めているようにも思われる。
 建築にまつわる「選択と集中」も、問題解決において避けて通れない戦略思考のひとつであり、広い視野・長期的視座に立ってこの戦略が適用されている事例と、予算削減等に対応する短絡的理由付けとして適用されている事例とでは、そのメリット/デメリットの現れ方が異なってくる。本特集においても、建築にまつわる問題解決において「選択と集中」の適用実態が、肯定的にも否定的にもとらえられる論考があいまみえ、非常に興味深い視点をわれわれ読者に気づかせてくれると思う。

建築にまつわる「選択と集中」を展望する一助に

 本特集の構成にあたり、巻頭の鼎談では、建築にまつわる産・官・学それぞれに精通する方々にご参集いただき、「選択と集中」が建築界にもたらしたさまざまな影響と、今後のあるべき姿について、それぞれの立場から意見交換を行っていただいた。
 また、14の論考では、各専門分野(構造、材料、環境、計画、歴史、意匠)の担当編集委員が、それぞれの問題解決にあたり、広い意味で「選択と集中」の考え方が影響していると思われるテーマを提示し合い、具体的な執筆依頼テーマへと絞り込んだ。論考は3部構成とし、第1部は「これからの建築学における『選択と集中』への提言」として、「選択と集中」による取捨選択にさらされる「建築界」がこれから先、社会の「強み」として選択されるためのヒントを、第2部は「建築をとりまく『選択と集中』の現状」として、建築学の各専門分野における問題解決における「選択と集中」の適用実態に関する論考をそれぞれの立場から、第3部は「『選択と集中』の現場─リソースの再マッピング」として、建築にまつわる社会活動の現場で「選択と集中」の考え方がどのような影響をもたらしているのか/いないのかを、それぞれ伺い知ることができる記事となるよう意図した。
 多様性のある建築界では「選択と集中」に代表される経営思考の導入が問題解決における唯一の処方箋ではないように、本特集も「選択と集中」問題に対する最適解を提供するものではない。それでも、本特集が、建築にまつわる問題解決に向けた意思決定の過程において判断基準の一助となる情報を提供できれば幸いである。

(高橋典之)

会誌編集委員会特集担当
高橋典之(東北大学)、壁谷澤寿一(首都大学東京)、北垣亮馬(東京大学)、小泉秀樹(東京大学)、小林光(東北大学)、谷川竜一(金沢大学)、中島伸(東京大学)

[目次]

年頭所感
002中島正愛
建築と建築学会の持続的発展を目指して─建築の未来への貢献

特集=建築をとりまく「選択と集中」

006会誌編集委員
主旨

鼎談 建築をとりまく「選択と集中」を考える
008神田順×永野博×山内隆司
成熟社会において建築分野が目指す未来

第1部 これからの建築学における「選択と集中」への提言
014中島正愛
内閣府プログラム「レジリエントな防災・減災機能の強化」─府省連携・目標の明示・社会実装というキーワードのもとで
016石原晃彦
行政機関の研究所における建築系プロジェクト研究─災害拠点総プロを例に

第2部 建築をとりまく「選択と集中」の現状
018野城智也
材料・施工・生産 身の周りIoTと建築
020梶原浩一
構造 E-ディフェンスにおける大型実験プロジェクトと今後の展望
022勅使川原正臣
構造 社会としての設計規準の選択のあり方─限界耐力計算と保有水平耐力計算
024馬場旬平
環境エネルギー 分散型エネルギーリソースの活用とスマートグリッド
026増田幸宏
環境エネルギー システム的な思考による「選択と集中」のデザインを─都市のレジリエンスを高める観点から
028北原啓司
計画 コンパクトシティのこれから
030山泰幸
計画 民俗学から選択と集中を考える
032野村俊一
歴史・意匠 歴史的建造物の保存・再生と取捨選択

第3部 「選択と集中」の現場─リソースの再マッピング
034増田寛也
人口減少と地方創生
036蓮尾孝一
施工技術者不足とPCa技術
038田尻清太郎
震災復興における選択と集中─公共施設の補修・建替え判断
040豊田長康
公的研究費と研究業績

連載

My History⑬
表紙裏 藤本昌也
 社会思想へのこだわり

近現代建築資料の世界 ⑬
004藤岡洋保
山田守資料

未来にココがあってほしいから 名建築を支える名オーナーたち ⑬
042浜田恵造
香川県庁舎 東館(旧本館)

これからの公共的建築のつくり方 ⑫
043藤村龍至
縮退時代の建築家の役割は何ですか?

震災復興の転換点 ⑬
044渡邉義孝
被災土蔵の実測を続けて─クラの看取りは誰がするのか?

ポストオリンピックにおけるスタジアムのデザインと利用形態の変化に関する調査報告 ②
046徐佳凝
ヨーロッパのオリンピック・スタジアム

研究室探訪
047甲斐芳郎
㉕高知工科大学システム工学群建築・都市デザイン専攻耐震研究室 建築と土木の垣根がない研究室
047田村圭介
㉖昭和女子大学環境デザイン学科田村研究室 ターミナル駅の複雑性と複合性

編集後記
048会誌編集委員