2017-2月号 FEBRUARY

特集= アジア建築家山脈


Genealogy of Asian Architects

 

特集 アジア建築家山脈

 本特集では、アジアの近代をつくってきた建築家たちに注目します。

 今世界は、欧米中心的な価値観に対する疑義、グローバリズムによる格差拡大をもとにした排外主義的なポピュリズムの台頭など、さまざまな異議や不満が噴出しています。自由や平等、人権といった基本的な考え方さえも揺さぶるその動きは、近代社会の基本コンセプトに対する危機とも考えられます。

 建築の歴史からみれば、20世紀前半のバウハウスやル・コルビュジエらによるモダン・ムーブメントの建築を筆頭とした欧米の建築デザインが、近代社会のコンセプトにふさわしいものとして長く語られてきました。近代化は国家制度の確立とともに、建築技術やデザインに対する価値観と、足並みを揃えて進みました。なかでも鉄やガラス、コンクリートといった近代的な材料を用いた抽象度の高い機能的な建築は、世界の特定の場所からは切り離された建築だからこそ、あらゆる人に受け入れられる可能性を標榜しえたわけです。

 しかし、非欧米圏における伝播の現場では、そうした建築デザインはむしろ固有性を付与され、自らの建築文化とは違う「欧米近代のもの」として認識されてきました。その理由のひとつには、受け入れた側の地域において、古来より優れた建築文化がすでに育っており、欧米発のデザインと既存の建築文化の間に、一息には埋められない大きなギャップがあったことが挙げられるでしょう。また多くの地域が、欧米(時にロシアや日本も含む)による植民地支配を受けており、デザインによって標榜された普遍性や平等性が、社会的実態を伴っていなかったことも大きな理由かもしれません。

 ともあれ20世紀も半ばを過ぎると、多くの国や地域が独立を始めます。すると近代国家建設の名のもと、さまざまな建築家たちがそれぞれの場所で、前述のギャップと向き合う状況が生まれました。近代的な素材や技術を用いながらも、自らの地域の気候・風土に即したデザインであったり、新しく生まれた共同体に対する正当性や歴史性を与えてくれたりするような、地域固有の近代建築の有り様が求められました。同時に、欧米の流行しているデザインをハイ・カルチャーとして即物的に受け入れ、文化・経済的なアイコンとして都合よく利用する建築家やディベロッパーたちも当然存在しました。モダン・ムーブメントをはじめとする欧米近代の建築は、さまざまな地域の事情と呼応しながら、極めてローカルかつ個別に受容されてきたわけです。以上のことは、新しく世界の檜舞台に登場した非欧米圏の建築家たちが、欧米の人々が主導した近代社会のコンセプトを、自らの国や地域のものとして─時に誤読も含めて─咀嚼・応用していく建築的試みだった、そんな風に読み解くことができるはずです。

 ところで、日本の近代建築史研究者の多くは、自国が及ぼした植民地支配に対する批判的な検証を含めながら、アジアの側から近代を語ることを目指してきました。こうした姿勢は、欧米に対する日本の近代建築史研究のひとつの独自性と言っていいでしょう。そこで本特集では、そうした蓄積を活かしつつ、アジア側の視点から各国・各地域の建築家たちの活動に注目しました。対象とする時代は、産業革命以降の近代とし、特にそれぞれの地域が独立や革命などを経て、独自の国際的ポジションを確立していく時代─主にモダン・ムーブメントが登場した1920年代以後の時代─に焦点を当てます。もちろん、取り上げた彼ら/彼女らだけですべてを代表できるわけではなく、その左右や背後には、アジアの建築文化圏を支えた有名・無名の建築家たちが連なっているはずです。そうした「連なる」意味も込めて、タイトルを「アジア建築家山脈」としました。

 このタイトルは、建築史家・村松貞次郎による名著『日本建築家山脈』(1965)を意識した結果でもあります。村松貞次郎は、日本の建築家たちの歴史を描いただけでなく、当時まったく解明されていなかった東アジアの近代建築史研究を、各地域の研究者と共に進める必要性を訴えました。その姿勢を継承・発展させていくためにも、普遍的価値を標榜したモダン・ムーブメントをはじめとする近代建築のアジアにおける受け渡しを、各地域固有の歴史として紐解いてみたいと思います。多様なアジアを認めつつ、そこに自らを位置づけ、共存していくための智恵は、普遍性と固有性の問題系を解いていく先にあるはずです。迂遠ながらもそうした試みが、社会的な分断や排他的な動向に流されずに、お互いを尊重し合うまなざしへとつながっていくことを願っています。

会誌編集委員会特集担当
谷川竜一(金沢大学)、戸田穣(金沢工業大学)、今井康博(大林組)

[目次]

特集=アジア建築家山脈

004会誌編集委員
主旨

第1部 アイデンティティの模索
006徐蘇斌
梁思成(1901-1972、中国)─並存するモダニズムと伝統復興
008安昌模
金壽根(1931-1986、韓国)と金正煕(1921-1975、北朝鮮)─建築に刻印された南と北の社会的アイデンティティ
010岩元真明
ヴァン・モリヴァン(1926-、カンボジア)─国家建築家のストラグル
012林憲吾
フリードリッヒ・シラバン(1912-1984、インドネシア)─地域的アイデンティティとしての熱帯
014岩本弘光
ジェフリー・バワ(1919-2003、スリランカ)─沈黙なる饒舌
016山田協太
バルクリシュナ・ドーシ(1927-、インド)とオーロビンド・ゴーシュ(1872-1950、インド)─グローバル・サウスと信仰の近代
018ジラルデッリ青木美由紀
セダット・ハック・エルデム(1908-1988、トルコ)─伝統のなかに見いだされた〈モダン〉
020前川愛
ボドジャヴィン・チメド(1918-1980、モンゴル)─モンゴル国家建築家のパイオニア

第2部 近代の受容と相対化
022村松伸
非西洋世界の建築家たちの近現代─七つの共通課題とその対応
024山名善之
アジアの近代建築文化遺産保護に対する国際的関心の高まりを受けてのmASEANaの設立

連載

My History ⑭
表紙裏 太田邦夫
 初めての東南アジア

近現代建築資料の世界 ⑭
002長谷見雄二
国立屋内総合競技場暖房換気その他工事設計図(観客席換気機械室詳細図)

未来にココがあってほしいから 名建築を支える名オーナーたち ⑭
026小山剛
東京駅 丸の内駅舎

これからの公共的建築のつくり方 ⑬
027清水義次
リノベーションが今なぜ有効なのですか?

震災復興の転換点 ⑭
028前田薫子+小泉秀樹
大槌コミュニティ・プレイスにおけるコミュニティ再生に向けた取組み

近代日本建設産業史再考 統計資料からのアプローチ ⑧
030宮谷慶一
木材:『長期経済統計9 農林業』ほか

研究室探訪
031久保田徹
㉗広島大学大学院アジア建築都市環境研究室(BUESA) アジアの知の蓄積
031木下光
㉘関西大学環境都市工学部建築学科都市設計研究室 デザインを発見する研究、研究が導くデザイン

編集後記
032会誌編集委員