2017-6月号 JUNE

特集= これからの協働のありかた


Collaboration in the Future

 

特集 これからの協働のありかた

 今回のテーマは「これからの協働のありかた」である。「共同」でも「協同」でもなく「協働」である。手元の辞書で調べてみると「共同」とは「同じ目的のために一緒に事を行うこと」、「協同」とは「力を合わせて物事を行うこと」、「協働」とは「同じ目的のために、対等の立場で協力して働くこと」とある。筆者なりに解釈すると、「共同」とは「単に一緒であること」、「協同」には「協力する」という要素が強調されること、さらに「協働」は「対等の立場で」というところがポイントなのであろう。対等でなければ議論は生まれない。個人や組織の間でヒエラルキーが確定しており、役割分担が固定化していれば、それは「共同」や「協同」ではあっても「協働」ではないということであろう。

 前置きが長くなった。建築は一般に大きなプロジェクトである。小さな住宅でさえなかなかひとりだけの力でできるものではない。従ってそこには通常分業体制が必要となる。ただし上で述べたように単に与えられた職務を淡々とこなすだけでは、それは「協働」ではない。本号では単なる「分業」と「協働」の違いをこのように定義する。人類が初めて建築をつくった時、あるいは今までにないまったく新しい機能を建築に付加した時、そこには「協働」行為があったはずだ。なにしろわからないことだらけなので、多くの人が集まり、知恵を出し合ったに違いない。しかしながら、ある程度方法論が確立し、作業がルーチン化すると、「協働」行為は必要なくなり、単なる「分業」となるのであろう。またその分業体制を取りまとめるのが、建築家という職能であろう。すなわち、建築家が全体を統括し、その設計意図に従って各パートナーに仕事を割り振る。従来はそのやり方でうまく行ってきたと思う。

 今回「協働」を取り上げたのは、その概念が再び必要な時代になったと考えたからだ。その理由として、ひとつは近年、建築に要求される機能や価値が多様化しており、なんらかのパラダイムシフトが求められていること。もうひとつは、前述のパラダイムシフトに加え、建築を取り巻く環境がますます複雑化するとともに、その情報量は膨大となり、とても一個人で処理しきれるものではなくなってきたということだ。前者の問題に関しては、地球環境問題、資源問題、災害対策、少子高齢化、過疎化、社会情勢不安など社会問題が山積みで、建築もなんらかのかたちでそれに対応する必要があること。さらに機能も、要求水準の高まりに応じて特殊なものに先鋭化すると同時に、ユニバーサルなものも求められるという困難な問題を解く必要があることなどが具体的に挙げられる。そのためには、それぞれの問題に対するエキスパートの知見を活用することが必要となるだろう。後者については、従来の建築家個人がすべてを統括するというモデルが立ち行かなくなっているのだと思う。そのためには、今まであった建築家という職能のさらなる分業化が必要と考えられる。

 もう少し詳しく見てみよう。いわゆる建築家の仕事は、単に建築物を設計し、工事を監理するだけではない。まずはクライアントから依頼を受けると、その意図を引き出し具体的に何が求められているのかを把握しなければならない。その求めに応じ具体的なプランを提案することになるのだが、そのときにも周辺環境への配慮、周辺住民との調整を行う必要がある。さらに関連法規や土地条件を把握し、ようやく具体的な設計に着手することになる。設計においても構造設計と設備設計との調整を図り最終的に具体的な形として取りまとめる必要がある。また、確認申請の手続き、開発行為の手続きもしなければならない。工事が終わり引き渡しを終えた後の、クレーム対応も建築家の仕事になるだろう。機能が比較的単純で小規模な建築ならばまだしも、複雑化した物件で、これだけの多くの役割を、建築家だけでこなすことはかなり無理があるのではないかというのは自然な感想であろう。建築家の思想性、作家性を維持するためには、なおさら従来の建築家の職能の分割は必要なように思う。

 上記に述べた建築家の職能のうち、大きくクライアント対応と純粋な設計・工事行為を分けたものが、近年のプロジェクトマネジメント(PM)の流れである。これは単に業務の分担という意味だけではなく、プロジェクトマネージャという第三者を置き、客観的な立場から設計行為を管理するという意味合いもある。また、近年では多くの建築で、建築家以外が全体デザインの提案をする場合も増えてきている。例えば、新しい構造手法や構法を提案する構造エンジニアが主導する建築があり、構造デザイナーと呼ばれる職能が注目を浴びている。日本においては設備デザイナーの職能が十分に確立されているわけではないが、海外においては、省エネルギー建築等において、設備デザイナーが積極的に提案している物件が少なからずある。建築材料分野、ランドスケープ分野や土木分野との協働も一般的になりつつある。建築業界外とのコラボレーションとしては、彫刻家や工業デザイナー、映像デザイナー、インテリアデザイナーなどとの協働も最近は報告されている。市民参加や、そこにおける合意形成も協働の一形態であろう。将来的には経済・経営学者との協働、社会科学者との協働、小説家との協働なども考えられる。よい建築を残すという意味では、ユーザーやクライアント、管理者との協働も必要であろう。これらの協働行為を成功させるキーは何であろうか。場合によれば、建築家が、その建築のコンセプトを主導するステークホルダーのサポートに徹する必要もあるだろう。また、それぞれの協働者が建築するという行為に対して理解を深める必要もあるであろう。建築という目的に対して、多くのステークホルダーがうまくつながることが、今後の協働のありかたの成否を決定する要因となる。そのために何をすればよいか。それを本号で検討してみたい。

 本号ではまず、建築業界における分業・協働の現状と、PMの果たす役割について寄稿していただいた。また、近年注目されている、設計初期の段階からすべてのステークホルダーが参加する統合設計(Integrative Design)プロセスの紹介を行った。さらに従来の建築家がすべて統括する以外の契約形態の可能性についても寄稿をいただいた。教育現場での分野間協働がどのようになされているかの紹介も大学を事例に取り上げた。さらに実際の協働事例を取り上げ、インタビュー・座談会を通じ、現在どのように協働が行われているか、また、今後どのようにすればよいかのヒントをいただいた。建築業界内に近い協働プロジェクトとしては、東京スカイツリーⓇにおける意匠・構造・施工の協働、インテリア・照明・家具・グラフィックの分野と建築家との協働、多様なステークホルダーがかかわる公共空間における協働事例の紹介を行った。また、建築業界外部からの意見として、『WIRED』編集長の若林恵氏に未来の建築家のありかたについてご意見を伺った。さらに建築業界外部の協働事例として、民間月面探査プロジェクトHAKUTOの代表である袴田武史氏に、多様な価値観を持つ人々がいかに月面探査という目的のもとに集まり協働しているかということについて紹介していただいた。すべて大変興味深い内容となっているので、「これからの協働のありかた」を考えるうえでの一助としていただければ幸いである。

(大岡龍三)

会誌編集委員会特集担当
大岡龍三(東京大学)、今井康博(大林組)、川添善行(東京大学)、小泉秀樹(東京大学)、中山英之(東京藝術大学)、夏目康子(Lepre)、羽鳥達也(日建設計)、樋山恭助(明治大学)、藤田香織(東京大学)

[目次]

会長就任の挨拶
002古谷誠章
建築界が一丸となり、地域と世界への視点を併せもつ、信頼される日本の建築学の再興へ

特集=これからの協働のありかた

006会誌編集委員
主旨
008安藤正雄
協働の諸相と課題
010ミリィ・マジュムダル
統合設計プロセス─環境に配慮した持続可能なデザインへの望ましい方法
012小菅健
契約方式の多様化から見たプロジェクトの協働体制
014前真之+谷口景一朗
「環境から考える」を試みる
016若林恵
Web世界から見た建築家の未来
020小西厚夫×吉野繁×田村達一
「東京スカイツリー®」における意匠・構造・施工の協働を振り返る
026内平隆之×小川陽平×小林正美×米谷啓和×泉山塁威
多様な立場を包摂する公共空間─ユーザー/ステークホルダー/専門家/行政の協働
032岡安泉×近藤康夫×藤森泰司×山野英之
インテリア、照明、家具、グラフィックの分野から見た建築家との協働
038袴田武史
多様な価値観を持つ人々が協働する宇宙開発

連載

My History ⑱
表紙裏 尾島俊雄
 世界遺産を生む人脈

近現代建築資料の世界 ⑱
004荻原正三
今和次郎コレクションより、『民家圖集 第壹輯 埼玉縣』(1918)および日本民族博物館(案)
(東京府北多摩郡武蔵保谷村、1937)

未来にココがあってほしいから 名建築を支える名オーナーたち ⑱
042外村幸雄+齊藤祐子
大学セミナーハウス

これからの公共的建築のつくり方 ⑰
043平野勝也
公共的空間と公共事業の隙間をどのように埋めればよいですか?

震災復興の転換点 ⑱
044笠間浩幸
福島SAND-STORY物語「2.5×3mからの発信」

ポストオリンピックにおけるスタジアムのデザインと利用形態の変化に関する調査報告 ④
046徐佳凝
大会後のスタジアムデザインと利用形態の変化に対する分析

研究室探訪
047青木孝義
㉟名古屋市立大学大学院芸術工学研究科・建築構造研究室 歴史的建造物の保存を目指して
047野嶋慎二
㊱福井大学都市計画研究室 地域協働による研究と実践

編集後記
048会誌編集委員