2017-10月号 OCTOBER
特集 "オフィス"の行方
本特集では、「"オフィス"の行方」と題して、近未来の働き方やそれを支えるオフィスのあり方について考えたい。
オフィスは、産業革命以降の工業の発展に伴って、その生産機能を支援する場所として始まり、資料や情報、そして人を集め、事務作業を効率的に行う場として発達してきた。現在、ICT、人工知能(AI)、IoT(Internet of Things)などの技術発展が加速度的に進歩しており、働く場では作業の効率を向上させるだけでなく、人間の知識、情報、技術を活かす力が求められ、さらに新しい価値を生み出すような創造性がより重要となってきている。知識基盤社会において、働き方が変容するなか、また、気候変動をはじめとした地球環境問題に対応し省エネルギーが求められるという制約のなか、オフィスはどのようになっていくのだろうか。
近年では、ICTの発展によって、オフィスに行かなくても情報を得られ、インターネットを通じ、世界中とコミュニケーションをとることが可能となり、人が働く場は、自宅、カフェ、移動中の飛行機の中など、オフィスの外にも広がってきている。人が働く場がオフィスだけにとどまらないことを受けて、「オフィス」を含めた概念として、「ワークプレイス」という言葉も使われているが、本号では、働くことを支える場として役割を担ってきた「オフィス」の行方に着目したいと考え、「ワークプレイス」よりも範囲が限定されるが、あえて「オフィス」という語を用いて特集を構成することとした。
オフィスの行方を考えるうえでの視点はさまざまであるが、ここでは、働き方やワーカーの視点から、次の三つの視点を挙げ、巻頭対談、各論を構成した。
ひとつ目は、「働きやすさを支えるオフィス」という視点である。オフィス環境が健康や知的生産性に与える影響については、不動産価値の観点からも着目されている。日本ではうつ病などの気分障害を発症する患者数が約112万人 注1であり増加傾向である。年代別に見ると、40〜60代の働く世代でのうつ病患者数が多い。また、多くのオフィスワーカーが腰痛や肩こりで悩んでいる 注2。ワーカーの心身の健康を保ち、知的生産性を向上するために、長時間滞在するオフィスの環境が貢献できることはないだろうか。健康、快適性、知的生産性の観点から、近年の研究動向についてご寄稿をいただいた。
二つ目は、「ワーカーの多様性を受容するオフィス」という視点である。多様性には、性別、障がいの有無、国籍の違いなど幅広く考えられるが、本号では、性別にかかわらず、社会で力を発揮できる社会づくりに、オフィスはどのような役割があるかについて取り上げる。日本における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数(Gender Gap Index:GGI)は、調査対象の144カ国中111位 注3であり、いまだ格差が大きいのが現状である。また、障がいの有無に関する多様性に関し、発達障がいを持つ人々が働きやすいようなオフィス環境の整備の必要性についても考えたい。
三つ目は、「近未来の働き方を支えるオフィス」である。多様な働き方に合わせて、オフィスも変容してきている。国内外の動向について、解説いただくとともに、Activity Based Workingなど個別の働き方に対応したオフィス、サテライトオフィスなど、未来の働き方につながるような最近のオフィスの取組みの事例やその背景について紹介いただいた。
いつでもどこででも働くことができるのならば、そのとき「オフィス」はいらなくなってしまうのだろうか。今後、さらなる技術革新により、働き方が大きく変化していく可能性もあるが、それでも、やはり人間は「オフィス」という場を必要とするのだろうか。今回の特集を通じて、健康に楽しく、新しい価値を生み出しながら働くことのできる近未来のオフィスの行方について、議論することができれば幸いである。
(西原直枝)
注1 厚生労働省「平成26年(2014)患者調査」(2015)
注2 厚生労働省「平成22年(2010)国民生活基礎調査」(2011)
注3 World Economic Forum, "Global Gender Gap Report 2016", 2016
会誌編集委員会特集担当
いしまるあきこ(いしまるあきこ一級建築士事務所)、今井康博(大林組)、川久保俊(法政大学)、小泉秀樹(東京大学)、夏目康子(Lepre)、西原直枝(聖心女子大学)、羽鳥達也(日建設計)、樋山恭助(明治大学)、前田昌弘(京都大学)
[目次]
004 | 会誌編集委員 主旨 |
005 | 中邑賢龍×似内志朗 近未来のオフィスを考える─働き方/組織/空間 |
010 | 田辺新一 健康、知的生産性、省エネルギーを実現するオフィス─28℃オフィスの問題 |
012 | ポール・シャッラ 「WELL Building Standard」のコンセプトと概要─建物環境によって人の健康とウェルネスを向上させるための認証プログラム |
014 | 林立也 スマートウェルネスオフィスチェックリスト |
016 | 岩田利枝 オフィス光環境のヒューマンセントリックデザイン |
018 | 吉井光信 ストレスのない環境づくり |
020 | 長澤夏子 腰痛とストレス─知的オフィスにおける環境と労災の関係 |
022 | 石原雄太 インクルーシブなオフィスのトイレを目指して |
024 | 井上友美+玉腰由樹 明日を美しく健康に働く「まるのうち保健室」の取組み |
026 | 三宅永 発達障がいとオフィスについて |
028 | 光畑由佳 子育てと働き方─授乳から空間と社会を考える |
030 | 齋藤敦子 働き方の多様化とオフィスの未来 |
032 | 阿部仁史 オフィス空間の三つの行方 |
034 | 塩浦政也 ユーザーの能動性を向上させるアクティビティデザイン |
036 | 生明弘好 サテライトオフィスの可能性 |
038 | 太田裕子 テレワークによる地方での実証実験 |
040 | 宗本順三 オフィスの海外動向と事例から学ぶもの |
表紙裏 | 沖塩荘一郎 ファシリティマネジメントへ |
002 | 坂本忠規 香取屋工具店カタログより、香取屋商報(裏面)(香取屋金物店、1941年5月) |
043 | 北橋健治 北九州市立戸畑図書館 |
044 | 青木淳 公共的空間はバラバラなものをつなぐ |
045 | 須藤美音 ㊸名古屋工業大学社会工学科建築・デザイン分野 労働者のための環境の探求 |
045 | 増田幸宏 ㊹芝浦工業大学システム理工学部 環境システム学科環境基盤研究室 レジリエントな建築・都市 |
046 | 北原啓司 復興から平時の「まち育て」へ |
048 | 会誌編集委員 |