2017-11月号 NOVEMBER

特集= 都市の未来を構想できるか?


Envisioning Urban Future

 

特集 都市の未来を構想できるか?

 21世紀は都市の時代と言われる。人類の7割近くが都市で生活するようになるとの予測もある(World Urbanization Prospects, United Nations, 2014)。

 しかし、現代都市は、人類の生(Life)の器として、十分な性能を有しているのだろうか? 例えば、日本の大都市では出生率が軒並み低下している。確かに、職住を分離し郊外化を進めてきたことで、通勤時間が増大した大都市では、女性の社会進出に伴い、ワークライフバランスを保ちつつ子どもを産み育てることは、困難かもしれない。また、保育施設の整備が不十分など、変化する社会状況に対応した子育て環境が確保されていない、ということもあるだろう。では、女性の社会進出に対応した保育環境の整った、また、職住近接したゆとりある生活を送れる都市をつくることで、出生率低下の問題は解決できるだろうか?

 海外のリバビリティが高いとされる都市においても、また日本において比較的住みやすいと言われる都市においても、出生率は低い場合が多い。このことは、近代都市計画が対象としてきた都市の構造や物理的環境とそれらが人間活動に与える影響(例えば、住宅の広さや通勤時間、十分に環境の確保された施設整備やそこへの近接性の確保など)を操作することだけでは、出生率は回復しないことを暗に示している。むしろ、都市に装備されているソフトウエア、都市社会のシステムやそこで暮らす人々に共有されてゆく価値そのものが、生物としての「ヒト」には、マッチしていない。そのことが、出生率の低下の根幹的な理由ではないだろうか。

 また、都市は、人が死にゆくという点においても、極めて脆弱な仕組みしか用意していない。孤独死や自殺が多発する状況は、極めて都市的な状況と言えるかもしれず、現代都市の問題を表象している現象のひとつだろう。

 こうした現象から示唆されることは、都市の形成に際しては、生物としての「ヒト」が求める棲息環境にまでさかのぼって考える必要がある、ということだろう。例えば、生物としての「ヒト」が、生まれ育つ過程、そして死にゆく過程では、これまでは、「家族」や共同体(コミュニティ)が、大きな役割を果たしてきた。それら双方を有していることは、本特集の山極氏のインタビューでも指摘されるように、他の霊長類と比較して、「ヒト」の有する際立った特徴のひとつであると考えられる。しかし、都市社会においては、これらの弱体化やシステムの変化が、生じてきている。そうした変化がもたらす副作用に、人類はうまく対応できていないのかもしれない。

 また、グローバリゼーションに伴い、都市形成にかかわる主体の複雑化は世界各地で起きつつある。都市や地域のさまざまな資源の管理も、グローバルな経済活動を行う主体が、重要な役割を果たしつつある。多国籍企業や海外投資ファンド、富裕層などのグローバルな活動主体による不動産投資の増加は、都市に何をもたらすのか? 都市内部における経済的格差や地域間格差などは、経済のグローバリゼーションや新自由主義的な政策の結果か、顕著になりつつあるようにも感じられる。しかし、その実態、問題の所在、そしてポジティブな側面(可能性)について、都市や建築にかかわるわれわれは、十分に理解していると言えるだろうか?

 さらに、少子高齢化の進展や、不動産市場の強大化やグローバル化など、新たな社会的状況/局面の発生に、都市の、とりわけ日本の都市の意思決定システムは、十分には機能していないように思われる。例えば、近代以降の日本の都市では、江戸から引き継がれた町割りをベースに、新規の居住者を都市内部の各地域に混住させてきた。しかし、近年の大都市に林立する「タワマン(タワーマンション)」は、既存の地域と隔絶したものとして、都市における社会システムの一部として、提供されている。

 かつてわが国の「ニュータウン」が建設された際にも、コミュニティの問題が大きく取り上げられた。それは、主に「ニュータウン」の内部のそれであったり、周辺地域社会との軋轢の問題であった。しかし、最も重要なポイントは、現代社会にも影響を与えているという意味において、年齢階層の近い中間層を特定のエリアに集住させたことにあったかもしれない。近年の大都市ウォーターフロント等における「タワマン」の集中的な建設は、かつての大都市の「ニュータウン」に集住した中間層と比しても、相対的により裕福な社会階層を特殊なエリアに集めることで、都市社会において特殊な役割を担う人々だけによるコミュニティの形成を、進めているように思われる。特定な社会階層の行き過ぎた空間的集結や排除は、将来における社会的対立の一因となりうるかもしれない。アメリカの諸都市で社会的対立が生じてきたように。

 また、新自由主義的発想で短期間に大量に建設されるこうした「タワマン」には、都市全体のストックを継承して有効に活用するというプランニング・マネジメントの視点はない。高度成長期における大都市への人的集中を受けとめる器としての「ニュータウン」とはまた異なり、人口減少と高齢化が進む現代日本において、はたして、既存住宅ストックの集積地である「ニュータウン」の利活用を発想せず、都心への機能集中が効率的という単純化された理論のもとで、今も進められる規制緩和が、はたして持続可能性を高めるのか? こうした問題は、現代都市の意思決定の問題に帰結する。

 一方で、近年、ICTやIoT、AIなどの先端的技術が、急速に発達しつつある。これら先端的技術の適用は、都市社会や、そしてそこに暮らす人々に何をもたらすのだろうか? そうした先端的な技術を活用することで、より効率的/低コストかつ個々人の状況/ニーズに応えた、都市における諸種のサービスを提供することが可能になるかもしれない。一方で、個人の意思決定や社会的意思形成に、強い影響をもたらすことになるかもしれないし、AIが人々の生業を奪う存在になるかもしれない。

 また、それら技術の発達は、都市の物的あり様にどのようなインパクトをもたらすのだろうか? 例えば、このような先端的技術が普及した社会では、これまでの都市のような機能集中や集住を、必要としない可能性もある。いや、逆に一定の集積があるがゆえに、先端的技術の活用による効率的かつ個別ニーズに応えたサービスの提供が、可能となるのかもしれない。例えば、先端技術の普及に伴いサービスの低コスト化/効率化が進展するという観点で考えれば、集住の必要性は相対的に低下する可能性もある。しかし、そうしたサービスを提供するためのインフラ整備(3D地図など)を想定すると、既存の都市への機能集積が進むのかもしれないし、それ以外の新しい集積の様相が生まれるのかもしれない。

 本特集では、こうした問題意識のもと、都市のコレカラについて、以下の四つの相互に関連する柱を立て論じてみたい。

 なお、地球温暖化などの環境対応について都市で行うべきこと、大規模災害に向けて都市において備えること、なども、重要かつ喫緊のテーマであるが、それらへの対応方法/処方箋はおおむね見えつつあり、むしろ実行の可否が重要な論点であることから、これらについては、上記の柱を論じるなかで、必要に応じて触れることとした。

◯人生・生活と都市:人が生きる場所としての都市はどうあるべきか?

 現代都市は、そもそも生物としての「ヒト」に適合的な場たりえるのか? 生物としての「ヒト」が求める場・環境・生態学の観点から、都市の未来を探る。
 サル学と都市、なぜ出生率は低いのか? 自殺率の高い都市・まちはどこか? 少子高齢社会の都市のあり方は?

◯グローバル経済と都市:都市はだれがつくるのか?

 都市の形成や再生は、グローバルな経済投資によって大きな影響を受けている。その現状と課題について、また近年の投資をめぐる新たな動向(ESG投資など)の可能性を検討する。
 グローバルな投資と都市再生、ESGやそれらを活用したグローカルな取組み、都市における貧困問題や格差拡大の行方

◯民主主義と都市:だれによる、だれのための、だれの都市か?

 グローバル経済の進展とも関連し、都市の形成や再生は、もはやローカルな意思決定のみでは進まない。一方で、公園のような身近な空間でさえ、現代的な意味での公共性の獲得は困難な状況にある。都市における民主主義の再生、公共性の獲得に向けた課題を展望する。
 現代都市民主主義の再生、 縮退時代の都市政治、戦後民主主義的建築から変貌するコモンズそして都市へ

◯先端技術と都市:都市にどのような変革がもたらされるのか?

 都市を中心にICTやIoT、AIが適用・導入され、人々の生活/ライフスタイルに大きな影響を与えつつある。先端的技術の急速な進展は都市とそこで暮らす人々にどのような影響を与えるものか? その現在地と未来を展望する。
 成長マシーンとしての都市と先端技術、都市の未来と先端技術、ICT/IoTと都市マネジメント、AIのもたらす都市の未来

会誌編集委員会特集担当
有岡三恵(Studio SETO)、大村紋子(株式会社納屋)、川添善行(東京大学)、小泉秀樹(東京大学)、中島伸(東京都市大学)、羽鳥達也(日建設計)、前田昌弘(京都大学)

[目次]

特集=都市の未来を構想できるか?

004会誌編集委員
主旨

第1部 人生・生活と都市:人が生きる場所としての都市はどうあるべきか?
006山極壽一
類人猿とヒトから考える都市
010久木元美琴
「子育てする場所としての都市」はいかに実現可能か
012岡 檀
都市の未来をこの町に見出す─日本には海部町がある
014大方潤一郎×広井良典
少子高齢化・人口減少社会と都市

第2部 グローバル経済と都市:都市はだれがつくるのか?
018久嶋英夫
日本における外資系不動産ファンドの都市再生への影響
020柴内康文
社会関係資本・コミュニティと「機会格差」
022飯塚洋史
持続可能な都市開発とそれを支えるESG投資家

第3部 民主主義と都市:だれによる、だれのための、だれの都市か?
024齋藤純一
現代都市のガバナンス─公共性はいかに可能か
028德久恭子
縮小都市の挑戦─グローバル化と人口減少社会における政策的対応
030北山恒×西村幸夫
前近代に学ぶ、未来の都市空間

第4部 先端技術と都市:都市にどのような変革がもたらされるのか?
034山形浩生
成長マシーンとしての都市
036吉村有司
まちづくりにおけるAIの可能性─建築家にとって科学とは何か?
038川除隆広
ICTと都市マネジメント
040篠原修×南後由和×川添善行
情報と都市の未来

連載

My History㉓
表紙裏 伊藤滋
 都市計画を志したころ

近現代建築資料の世界 ㉒
002島津千登世
下河辺淳アーカイヴス(東京都港区虎ノ門)

未来にココがあってほしいから 名建築を支える名オーナーたち ㉓
044山田清志
東海大学 湘南キャンパス

研究室探訪
045室﨑千重
㊺奈良女子大学住生活学研究室 誰もが暮らしやすい住環境の実現
045山本幸子
㊻筑波大学建築・地域計画研究室 地域に根差した研究・活動を目指して

震災復興の転換点 ㉓
046前田昌弘
東日本大震災から6年半 連載を振り返って─建築計画・コミュニティの視点から

編集後記
048会誌編集委員