2018-3月号 MARCH
特集05 リノベーションのジレンマ
リノベーションが注目を集めるようになって久しい。用語としては1990年代中頃から使用例が見られるが、2000年代に入ると、改修を伴う建築物の用途変更を意味する「コンバージョン」などとともに一気に取り上げられる機会が増えた。
その背景として、戦後に積み重ねられてきた建設投資により既存建築ストックが量的・質的に充実してきたことに加えて、人口構造や産業構造の変化に伴い、建築物に対するニーズも変わってきたことや、たび重なる建築関連法規の改正によって、既存不適格となった建築物が増大したことなどを挙げることができるだろう。
つまり、リノベーションは、物理的・機能的・社会的に劣化した建築物を、建替えによらずに性能回復しようとする考え方にほかならない。そして、この考え方は、安定成長期終焉後の時代の雰囲気とも馴染むものだったのだろう。膨大に蓄積された建築ストックを活用した新たな建設投資が見込めるという経済的な観点や、地域拠点施設への適用により、コミュニティの継続性を担保しながら地域の魅力向上が図れるというまちづくり的な観点からもリノベーションは期待を集め、現在では多様な試行が官民を問わず活発に行われるようになっている。
しかし、リノベーションは、本当に建築や地域の救世主たりえるのか。それが本特集で投げ掛ける問いである。抜本的な性能回復を目指すリノベーションでは、建築物を現行法に適合させることも往々にして求められるが、リノベーションのための法的手続きが長らく未整備であったことなどから、手続きが煩雑であったり、法的・技術的に実行可能性の判断が困難なことさえある。こうした状況は、リノベーションの実行リスクを増大させ、コストアップにもつながるが、そもそもリノベーションは、建替えに代わるコストメリットの高い選択肢としてもてはやされている側面があるから、予算が潤沢ではない場合も多く、フルスペックのリノベーションは対象となる建築物の立地などが限定されがちである。
以上のような事情からか、世の中には「リノベーション」と称しながら表装だけを整えたり、単なる人集めのイベントにとどまるような、性能回復を伴わない改装も散見されはしないだろうか。あるいは、ブームとも言えそうな急激な認知度の向上により、よりコストのかからない新築のオルタナティブとしてのリノベーションが安易に選択され、結果として良質なストックの形成を阻害する方向に働いてはいないだろうか。
現在のリノベーションは、性能回復とコスト低減という二つの魅惑的な選択肢の間で、明らかにジレンマを抱えているように見える。そこで本特集では、リノベーションという枠組みが構造的に抱える課題を認識したうえで、膨大なストックをマネジメントする戦略を考察することを目的とする。
本特集ではまず、建築計画を専門とし、成熟社会における住環境に関する知見の深い園田眞理子氏に対するインタビューを行い、建築ストックとそのリノベーションを取り巻く状況について俯瞰する。次いで、本特集でリノベーションを論じるにあたっての鍵概念として設定した「性能回復」「事業性」「法適合性」に焦点を当て、それぞれのトピックに関して豊富な経験を有する青木茂氏、田村誠邦氏、杉山義孝氏による座談会を行い、リノベーションを取り巻く課題を整理した。さらに、リノベーションの現状を性能回復および事業性の観点から論じた加藤誠氏と吉里裕也氏の小論と、立川という特定の郊外都市を舞台に、先駆的な取組みを広範に実践してきた籾山真人氏の報告を掲載した。
リノベーションは、建築と都市の未来に対して、果たしてどのような役割を担うのか。本特集を通じて確かめていただきたい。
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[門脇耕三・藤村龍至・宮城島崇人]
特集06 生き残る郊外の条件
リノベーションから終活へ
高度経済成長期の拡大する大都市において、郊外は地方から大都市へ流入する人口の受け皿であった。しかし、人口減少・超高齢化時代の今、共働きの増加をはじめとするライフスタイルの変化などもあって、郊外は居住地として選択されにくくなっている。それゆえ、郊外の大部分で人口の自然減かつ社会減が見込まれ、虫喰い状に空き家が発生し、住環境が悪化していくリスクを抱えている。
また、郊外団地を形成する区分所有マンションは建物単体としても社会問題となっている。住民の高齢化などによる担い手不足は管理不全を起こし、十分な建物修繕を実施されないストックは、かなりの数に上る。例えば、埼玉県内だけでも8,000棟に及ぶマンションストックがあり、そのほとんどは更新されないまま耐用年数を迎えていく可能性がある。駅直近の市場性の高い立地であれば建替えのニーズがあるだろうが、駅から徒歩圏ですらない郊外マンションにおいて、対症療法的にリノベーションを施しても焼け石に水である。
このような状況において、捨てられる郊外が現れるのは避けられないのかもしれない。建物単体のみならず、エリアを穏やかにたたんでいく、郊外の終活が必要なのではないだろうか。本特集ではそのような郊外の実態と課題を明らかにし、郊外の終活につながる権利や都市計画に関する法制度・技術論を探るとともに、生き残る郊外の条件を考察することを目的とする。
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郊外の定義:通勤割合から見た郊外
そもそも郊外とは何か、都市計画分野において統一的な定義はなされていない。都市経済学分野においては、都市圏の設定を基礎として中心都市・郊外の定義がなされている。Kanemoto and Kurima(2005)は都市圏設定基準に関する包括的な研究を行っており、中心都市への通勤割合が10%以上のものを「郊外市町村」と定義している。なお、通勤割合の定義は、東京都区部への15歳以上通勤者数を15歳以上通勤者総数で除したものである。通勤割合に基づく通勤圏の設定は、衛星都市として長時間通勤を許容できる都心への通勤者が存在する臨界点として、郊外の周縁を浮かび上がらせることが可能となる。したがって、本稿でも通勤圏を郊外設定基準として採用し、議論を進めていく。 対象年を高度経済成長期(1954-1973)後半の1970年、安定成長期(1973-1991)末の1990年、そして、2015年の3時点として、時系列で分析することで、郊外の変遷の可視化を試みる。対象とした都道府県は茨城県県南・県西地域、栃木県県南地域、群馬県太田・館林地域、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県であり、東京都区部への通勤割合を3時点で算出した。なお、異時点間の行政区域の統合について、桐村ら(2011)を参考にした。 時系列変化で通勤割合の推移をとらえると、1970年[図1]で都心への通勤傾向は最も強く、1990年[図2]、2015年[図3]と移行するに従ってその傾向は弱くなっている。ここで、Kanemoto and Kurima(2005)における郊外の臨界値である10%通勤圏をひとつの指標とし、東京駅と新宿駅を都心と定義して都心からの距離との関係を見てみる。
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1970-1990年:郊外の拡大期
1970年では、10%通勤圏は都心60km圏に迫る圏域であり、安定成長期前の都心への通勤傾向が如実に可視化されている。ベッドタウンとして大都市圏のなかでの郊外が明快に現れていると言えるだろう。次いで1990年では、10%通勤圏は西部で都心40km圏、東部で都心50km圏と対応し、偏りが生じている。これは、全体的に都心への通勤需要は減少しているものの、1970年から1990年にかけて多くのニュータウンが建設され、特に埼玉県中西部や茨城県南部の一部自治体(鳩山町、龍ケ崎市等)で大規模ニュータウンが開発されたからであると考えられる。国土交通省のニュータウンリストによれば、この時期都心40〜60km圏で開発されたニュータウンは100件となっており、40〜60km圏内において、ニュータウン開発が特に進行した時期であったことが確認できる。
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郊外の転換点:「遠郊外」の誕生
2015年では、10%通勤圏は全域で都心40km圏であり、1970年の都心60km圏と比較して働く場所としての都心が縮小していくのが見て取れる。通勤割合は分母を全通勤者として定義しているので、リタイアしている世代の動向は含まれていない。このような傾向から、都心40〜60km圏にあるまちは、郊外のなかでも生き残りをシビアに問われる「遠郊外」として定義できる。さらに、遠郊外ニュータウンはその多くが1990年までに開発され、その数は、都心40〜60km圏の全ニュータウンの80.1%(141件)に上る。遠郊外の市町村は、設備老朽化や人口流出等のさまざまな問題に直面しており、旧来の大都市圏におけるベッドタウンとしての機能の転換点を迎えている。遠郊外が生き残れるかは、その転換をうまく行えるかにかかっているだろう。
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近居か、リタイアメント・タウンか
本特集では、まず「第四山の手論」をはじめとする郊外研究で知られる三浦展氏のインタビューを入り口として、郊外の縮小局面で採りうる方向性を整理する。 郊外の生き残る条件として考えられるのは、孤立するなかでも郊外としての優位性を示し、中心都市とのゆるいつながりを維持し続ける「第一の道」であり、役割を転換し独立したまちとして役割を再構築する「第二の道」であろう。 第一の道としては「近居」が挙げられ、共働きファミリー世帯の子どものケアや高齢化した親のケアといった、近年課題となっている家族の機能を補完するものが挙げられる。第二の道としては、都心部の住居費の高騰を背景に、広いオフィス・作業スペースを求めて若い世代が移り住む、職住近接で働く場としての郊外や、リタイアメントコミュニティに対する終の棲家・生涯活躍の場としての郊外の可能性が考えられる。 本第1特集(特集05)の園田眞理子氏のインタビューでは、郊外住宅地で「自然発生的なリタイアメント・コミュニティが出来上がりつつある」という見方を提示している。樋野公宏氏の論考では、遠郊外住宅地の現況について俯瞰したうえで、将来像として、近居とリタイアメント・コミュニティの可能性について述べている。後藤智香子氏の報告では、埼玉県鳩山町を事例に、リタイアメント・コミュニティへの転換と若い世代の郊外移住を目指した公共投資がなされる郊外の新しいあり方について示唆している。 第一の道、第二の道ともに共通するのは、郊外に一斉流入した世代が高齢化し、その場所を若い世代がどのように住み継ぐのかという構図である。多くのニュータウンはもはや新しくはなく、ソーシャルキャピタルの醸成、豊かに育った緑の風景等、数十年の時間の蓄積を通してまちの個性が形成されている。郊外の生存競争が始まった今、各ニュータウンにおける数十年にわたる活動の蓄積が今後シビアに問われていくだろう。他方で三浦氏のインタビューにおける「何かやりだせば、意外なほど急スピードで物事が動く」という見方には、郊外ニュータウンのコミュニティによい意味での隙が生まれ、それらが新しい住民や活動を受け入れる余地となる可能性の一端も示されている。
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建築と都市から見る郊外のための技術論
さらに後半では郊外の生き残りと終活のための具体的な技術論として、分譲住宅・団地マンションにおける権利など建築における課題、そして、先進諸国における計画制度やその運用など都市における課題をそれぞれ見る。 郊外における分譲住宅・団地マンションに何かしら公的な介入が必要な場合、個人の所有権などの権利を移転せざるをえない。したがって、区分所有法をはじめとする建物の権利に関係する法律の課題と可能性を検討する必要がある。そこで、阪神・淡路大震災の被災マンションの建替えへのかかわりをきっかけに、法律の専門家として建築・都市計画分野に携わる戎正晴氏にインタビューを行った。 また、縮小局面の都市計画の政策および制度について、村山顕人氏の論考によって日本の置かれた状況を俯瞰したうえで、市場原理を尊重しながらも、民有地に対して土地利用規制や局所的な事業を活用した対応を試みるアメリカの取り組みについての矢吹剣一氏・黒瀬武史氏による報告と、都市計画の権限が日米と比して強く、集合住宅(団地)を中心に計画的な減築政策を実施するドイツ(旧東ドイツ地域)についての服部圭郎氏による報告を通して、わが国における郊外の生き残り・終活の技術論から見た課題と可能性の抽出を試みる。
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日本の問題の縮図としての郊外
20世紀後半、郊外住宅地を形成する住宅産業は日本の主力産業となり、日本人の生活に組み込まれ、急激な需要増に対応する住宅供給を行い、今なお先進国のなかでは群を抜いた新築供給戸数を誇る。また、それらを支える都市基盤についても、世界に例を見ないほどの公共投資を成し遂げてきた。ハイペースな人口の減少・超高齢化時代を迎え、産業やライフスタイルが劇的に変化している今、これからの持ち家取得世代となる30〜40代は、親世代となる60〜70代およびその上の世代のなした基盤をどのように受け取り、また引き継いでいくのか、郊外の課題はそのまま近代化を成し遂げた現在の日本の課題そのものである。
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[藤村龍至・中島弘貴・馬場弘樹(編集協力)・矢吹剣一(編集協力)]
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利用データ・参考文献|●国勢調査(平成27年、平成2年、昭和45年)|●国土数値情報「平成28年度鉄道時系列」「平成28年行政区域」「平成25年度ニュータウンリスト」
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参考文献 |●桐村喬、中谷友樹、矢野桂司「市区町村の区域に関する時空間的な地理情報データベースの開発」(『GIS:理論と応用』Vol.19、No.2、2011、pp.139-148)|●Kanemoto, Y. and Kurima, R. "Urban employment areas: Defining Japanese metropolitan areas and constructing the statistical database for them", GIS-Based Studies in the Humanities and Social Sciences, 2005, pp.85-97.
[目次]
002 |
特集05 リノベーションのジレンマ
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004 | インタビュー このままだと すべてゴミになってしまう 園田眞理子 聞き手:藤村龍至+門脇耕三 |
008 | 座談会 リノベーションから考える 建築の課題─ 性能・事業性・法適合性 青木茂×杉山義孝×田村誠邦 聞き手:門脇耕三+藤村龍至 |
014 | 論考1 亜寒帯地域の大規模改修 加藤誠 |
015 | 論考2 事業性から考える リノベーションの現在 吉里裕也 |
016 | ケーススタディ 立川での取組みを振り返る 籾山真人 |
018 |
特集06 生き残る郊外の条件
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021 | インタビュー1 かつて「第四山の手」と呼ばれた 場所の現在 三浦展|聞き手:藤村龍至 |
025 | 論考1 遠郊外住宅地の現況と展望 樋野公宏 |
028 | 報告1 鳩山ニュータウン─ 新しい拠点の創出で生き残るか 後藤智香子 |
029 | インタビュー2 区分所有マンション、 団地が生き残るための法制度のあり方 戎正晴|聞き手:中島弘貴 |
032 | 論考2 「極端なケース」としての 日本の戸建住宅地|村山顕人 |
033 | 報告2 米国の人口減少都市における 「終活」の技術─ヤングスタウン・フリントに 見る規模適正化に向けた計画技術の現在地 矢吹剣一+黒瀬武史 |
035 | 報告3 旧東ドイツの縮小都市政策から 「生き残る郊外の条件」を考察する 服部圭郎 |
000 | 第3回 シティえもん「キャピ太とコンパクトシティ」 稲葉大明 |
037 | 「有島武郎札幌邸(大正2年)─建設事情とその沿革について」(1986)投稿の背景 角幸博 |
038 | 円形のプロセス 半田悠人 |
038 | 構成に抑圧されない色彩を思う 加藤有里 |
039 | あたりまえであった(かもしれない)価値を発掘する 加藤正都 |
039 | 正しくなくてもいい 高砂充希子 |
040 | 「大きな製図教育」という問い 渡邊大志 |
042 | 「複合」建築計画学 落合正行 |
044 | 建築・都市VR:直感的理解と合意形成に向けて 福田知弘 |
045 | あのころの風景 岩手県陸前高田市を中心に 瀬尾夏美 |
046 | 明治のきしみを聴け 石田潤一郎 |
046 | 「人とその作品」に会えるから 三浦公亮 |
047 | 冬の北鎌尾根 小堀哲夫 |
047 | 高円寺「キタコレビル」─バラック建築の再興 安藤僚子 |
048 | 特集を読んで─次世代を勇気づけるデザインされた言葉 倉方俊輔 |
048 | 編集後記 会誌編集委員 |