2018-7月号 JULY
特集13 観光のアーキテクチャ:余剰の時間と場所の読み替え
現在ほど「観光」という言葉が注目を浴びた時代はない。
そう思えるほどに、今や観光は、少子高齢化や過疎化などの諸問題を解決し、まちづくりやコミュニティを維持する基盤となり、さらには外貨獲得や経済成長に効く万能の薬であるかのようだ。この多様で一見つかみどころのない観光という現象に対し、私たち建築や都市の専門家はどのように向き合うことができるだろうか。そのためには、観光と建築をつなぐ論理が必要だ。
日本においては、高度経済成長期を通じて余暇時間が増加し、余暇活動のために各地で観光地開発や交通インフラ整備が進んだが、この時に開発対象となった空間は、農業国から工業国に転換する過程で生じた"余白"であった。その後の総合保養地域整備法(通称リゾート法)では、特に一次産業や二次産業を主産業とする地域に対して「地域の資源を活用しつつ、第三次産業を中心とした新たな地域振興策を展開していく」[1]という名目のもと、多くの開発が行われた。このように観光は、産業の転換時に生じる余剰の時間や空間を読み替えることによって成立してきた。
そこで本特集では、「観光とは、余剰となった時間と空間に対して起こる構造転換(=読み替え)である」という仮説を立ててみたい[図1]。例えば、過疎化した農村や漁村における、交流人口の獲得による観光地化は、一次産業で生じた空間の読み替えである。都心や郊外住宅地から遠い農村部への観光は、移動に時間とコストがかかる分、滞在時間も長い。横浜や神戸に代表される港湾都市の再開発と観光地化は、二次産業で生じた空間(当初の目的を失った工業地帯)の読み替えであり、都心の近郊観光地を形成する。都心に集積した三次産業の構造変化によって生じた余白には、スキマ時間を使って安価に楽しむ"小さな観光"が入り込んだ。急増するインバウンドは、国家的なスケールでの人口減少と市場縮小によって生じた、種々の余白を埋める現象である。
以上の仮説の検証を通して、観光の構造=アーキテクチャに迫るとともに、私たち建築や都市の専門家の立場から観光という現象に対して主体的にかかわる糸口を示すことが、本特集の目的である。
本特集は三つのセクションで構成されている。
最初のセクションでは、観光計画や観光地発達史に詳しい十代田朗氏と、都市社会学を専門とする町村敬志氏による対談を通して、観光開発が産業構造の変化によって生じた"余白"において進められてきたという仮説をもとに、余暇の変容や政策の変遷とともに通時的に描き出し、観光を取り巻く状況や課題を概観する。
次のセクションでは、複数の特徴的な観光地や交流施設の事例について、それぞれ一次産業、二次産業、三次産業および国土の構造転換に際して生じた時間と空間の読み替えという観点から位置づけ、各事例とのかかわりが深い識者から報告をいただき、読み替えを促すきっかけとなった背景やプロセスに迫った。
最後のセクションでは、子どもの教育や文化を考える場をつくることからスタートし、建築家やアーティストを起用しながら、国際的な観光地となった直島における30年間の取組みと未来の構想について、公益財団法人福武財団副理事長の福武英明氏にインタビューを行い、観光を通して地域とかかわること、建築や都市の専門家が果たすべき役割についての議論の収録をもって本特集の結びとしている。
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[門脇耕三・宮城島崇人・松島潤平]
1 総合保養地域整備法(昭和62年法律第71号)総合保養地域整備法の概要
制定時の背景 http://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/chisei/crd_chisei_tk_000025.html
特集14 人新世と都市・建築
本特集では「自然」と「人」の関係についての再定義を迫る近年の思想的展開に注目し、そこでの議論と建築の関係について考えてみたい。
建築デザインの理論や批評は、人文思想とのかかわりを持ちながら展開されてきた。特に1970〜90年代ごろにポストモダン思想の諸概念と建築の関係について思考された。その際、合理的で機能的な「近代」から解放された空間・形態のあり方が問われたが、1990年代以降、そこで展開された過剰な形態操作や思弁的な議論に対する反発や反動のなかで、思想に関する活発的な議論は見られなくなる。
そうしたなか、2000年代以後、特に欧米諸国では人文思想の分野において人文学/芸術/社会科学/理工学などさまざまな分野が参画しながら、地球環境や人間社会のあり方を議論する新しい流れが生まれている。特に人類の活動が地球全体に地質学的な変化をもたらす時代に突入したとする「人新世(Anthropocene)」をめぐる議論においては「人」と「もの」や「社会」と「自然」との関係についての考え方を根本的に問い直す契機となっており、こうした新たな人文思想が建築や都市について再考を促すものとして重要視されるようになってきたが、わが国では本格的な議論が起きているとは言えない。この主題は、これまでの環境思想の系譜に関連しながら、必ずしも、狭義の意味での自然・環境分野に収まらない、広範な射程を有するものと言える。それは、人々が他者、自然、技術、文化等のさまざまな存在・事象とのかかわりのなかで相互に影響を及ぼし合いながら、どのように生きるべきか、という問いを提示する。
そこで本特集では、「人新世」の議論が建築や都市のあり方をどう変化させていくのかについて考えることを狙いとする。まず建築学の分野においてはまだ馴染みのない「人新世」をめぐる議論を俯瞰するキーワードを並べ、それらと学術分野との関係や時系列展開を可視化する。次に「人新世」の議論を日本の思想界で主導するひとりである篠原雅武氏と、建築・都市関係の専門家による座談会を設け、「人新世」の議論と建築・都市分野の接点について議論する。さらに人新世の議論の具体的な展開をとらえるため、食や農という観点から「人新世」の議論を行っている藤原辰史氏の論考を掲載する。最後に、「人新世」と建築的な実践の接点について探るため、伊藤維氏の記事から「人新世」と大きな関連をもつ海外の建築・都市デザインの動向をご紹介いただく。
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[門脇耕三・吉本憲生・高瀬幸造・三井祐介・中島弘貴(以上、編集委員)・能作文徳(ゲスト編集者)]
[目次]
002 |
特集13 観光のアーキテクチャ:余剰の時間と場所の読み替え
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003 | 対談 目的・手段としての観光から、 地域の触媒としての観光へ 十代田朗×町村敬志 聞き手:門脇耕三+松島潤平+宮城島崇人 |
007 | 事例紹介1 都市横浜が"読み替え"てきたこと 野田恒雄 |
007 | 事例紹介2 工業地帯の見方を 誰が知っているのか 若狭健作 |
008 | インタビュー1 高山の資源を活かした インバウンド誘致 丸山永二|聞き手:門脇耕三+松島潤平+宮城島崇人 |
010 | インタビュー2 被災地での取組みに学ぶ 地域人口分布のリデザイン 亀山貴一|聞き手:門脇耕三+松島潤平+宮城島崇人 |
012 | 事例紹介3 丸の内アーバニズムと都市観光展開 泉山塁威 |
012 | 事例紹介4 街自体を宿泊施設の 一部としてとらえる 淺井佳 |
013 | インタビュー3 直島・犬島・豊島での30年とこれから 福武英明|聞き手:門脇耕三+宮城島崇人+松島潤平 |
015 |
特集14 人新世と都市・建築
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016 | キーワードマップ 人新世キーワードマップ 高瀬幸造+中島弘貴+能作文徳+吉本憲生 |
017 | 座談会 人新世における 人文知・工学・デザインの関係 篠原雅武×蓑原敬×村上暁信×羽鳥達也 聞き手:能作文徳+門脇耕三+吉本憲生+三井祐介+高瀬幸造 |
023 | 論考1 「たてもの」と「たべもの」─ 根から考える 藤原辰史 |
024 | 論考2 数式のない熱力学─ 人新世に向けた 海外の建築・都市論の一例として 伊藤維 |
000 | 第7回 東京圏人新世的観光案内 かつしかけいた |
025 | 日本建築学会大会(東北)開催概要 大沼正寛 |
026 | 原発被災地からの学びを社会課題の解決に活かす|話者|但野謙介[福島県南相馬市議会議員] 聞き手:藤村龍至 |
028 | 東北芸術工科大学での建築教育 竹内昌義 |
030 | 変わりゆく「杜の都」仙台 姥浦道生 |
031 | 境界を越える 石川幹子 |
031 | 隠された蔵2階 本田圭 |
032 | 特集を読んで─時代を超越する真理 陶器浩一 |
032 | 編集後記 会誌編集委員 |