2018-8月号 AUGUST
特集15 日本のすまいと六つの格差
今和次郎は全国に点在する民家をつぶさに観察し、関東大震災で被災した人々が自力建設したバラックに建築の原点を見いだそうとした。西山夘三は、戦前より類型的な手法を用いた庶民住宅の実態把握に取り組み、住宅研究を通じて建築計画学の基礎を築くとともに、ごくありふれたさまざまな住まいが相互につながりながら全体として複雑な階層構成を持つ、総合体としての「日本のすまい」を具体的に記述しようとした。
今・西山の住宅分析と並んで、吉武泰水、鈴木成文らの活躍により、住まいに関する研究領域は拡張し続けた。その研究成果が住宅行政と結びつくことで、高度成長期の都市部における住まいのなかから各種の格差やバリアが取り除かれていった。しかし今日、さまざまな格差が顕在化し、また拡大するなか、建築計画学は「日本のすまい」を総合体としてとらえ、現代にふさわしい住まいの原点を探り当てることができているのだろうか。
本特集のタイトルにある「六つの格差」とは、現代日本の住まいを考える際に避けては通れない格差(地域間・所得・世代間・能力など)を六つに類型化したキーワード群で、建築計画学や住宅行政の来し方と行く末を展望するために用意された。第1セクションでは、西山スクールに属する住田昌二大阪市立大学名誉教授にインタビューを行い、1940年代から60年代にかけて西山が「日本のすまい」をいかに類型化し、言説化してきたかについてお話を伺う。その際、西山が住宅政策に及ぼした影響についても触れていただく。黒石いずみ青山学院大学教授には今和次郎の都市と住宅への眼差しに関する考察を行っていただく。これにより、20世紀の日本の住まいを複眼的に捉えることが可能となる。一方で、川上浩司京都大学教授には「不便益」論の視座を提示していただく。ここではバリアや格差をうまく受容し、逆手に取りながら、より豊かな住まいを実現する方策について議論を深めたい。
第2セクションでは、中流意識が消え、格差が拡大する21世紀の日本の住まいにまつわる六つの格差の事例を取り上げる。これら住まいの格差はどのように生み出されているのか、また、是正に向けた取組みについて、各現場に携わる新進気鋭の研究者らより紹介いただく。また、これらを並置することで見えてくる現在の住まいが抱える課題を総体としてとらえることを目指す。
第3セクションでは、若手建築計画研究者らが前セクションで提示された六つの格差を立体的にレビューし、これからの建築計画学や住宅行政が取り組むべきテーマを照射する。
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[豊川斎赫・山崎泰寛・柳沢究・井本佐保里・市川紘司・酒谷粋将・樋渡彩]
特集16 1981年生まれ世代の建築家像
社会が多様化していると言われるようになって、久しい。人々のライフスタイルだけでなく、それを受けて創作活動をする建築家の考えや活動にも変化が見られ、もはやまったく一様ではない。コミュニティデザイン、まちづくりなどの専門領域の越境や、新たなテクノロジーの導入など、建築家の職能自体がひとくくりにはできなくなってきている。研究分野もセグメント化が進み、一つひとつが深められているとはいえ、共通の土俵には、なかなか載せにくい。
このまま多様なものを、多様なままに漠然ととらえていくしかないのだろうか。そのことを知るために、せめて年齢だけは共通した人たちが参加する座談会を開き、お互いに共感するものがあるのかどうか、探っていくことにした。
かつてル・コルビュジエが「住宅は住むための機械である」というステートメント(声明)を発したのは、30代半ばのころだった。そのくらいの年齢が、幾つかの仕事を経験し、いよいよ独自の視座を提示できる時期なのかもしれない。そこで、今回はおおよそ30代半ばくらいの人々に集まっていただき、それぞれの仕事を議論のベースにしながら、多様な価値が併存する現代における、建築や建築家のあり方について議論する。
ちょうど、その年齢にあたる編集委員の3名(稲垣淳哉、水谷元、米澤隆)を2組に分け、それぞれが共感を持っている方々に声を掛けて、二つの座談会を行った。この手探りの座談会をまとめるとともに、座談会の結果に言葉を与えるため、同じく同世代の編集者・伏見唯氏をゲストとして迎え、司会とまとめの執筆をお願いした。
集まったのは1980年、1981年、1982年生まれの建築家。その平均をとって、仮に「1981年生まれ世代」と名づけてみたい。ひとつの世代のなかで交わされた議論だが、現代の建築家像の一側面をとらえようとする試みである。
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[稲垣淳哉・水谷元・米澤隆]
[目次]
002 |
特集15 日本のすまいと六つの格差
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004 | インタビュー 標準化の志向と地域への眼差し─ 西山夘三とこれからの住まい論 住田昌二|聞き手:柳沢究+山崎泰寛 |
006 | 論考1 民俗学から計画へ─ 今和次郎と西山夘三が住まいの 生活調査で目指したもの|黒石いずみ |
008 | 論考2 建築における不便益 川上浩司 |
010 | 格差1 住み継ぐために─ 過疎地域での取組み|石垣文 |
011 | 格差2 「定住自立圏構想」─ 制度創設から10年目を迎えて|中井孝一 |
012 | 格差3 東日本大震災の災害公営住宅から 考える生活再建のための住処|佃悠 |
013 | 格差4 住宅条件の世代間の違いを どう読むか|平山洋介 |
014 | 格差5 母子世帯の居住貧困 葛西リサ |
014 | 格差6 ケア能力の格差を支える 参加型の居場所づくり|梅本舞子 |
015 | 座談会 六つの格差から見る 建築計画と住宅行政のゆくえ 石垣文×井本佐保里×前田昌弘×柳沢究 司会:市川紘司 |
019 |
特集16 1981年生まれ世代の建築家像
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020 | 座談会1 そろそろ一般化されたものを、 個別に見直していこう 稲垣淳哉×金野千恵×水谷元×宮原真美子 司会:伏見唯 |
023 | 座談会2 共通のステートメントを、 発することはない 大室佑介×海法圭×増田信吾×米澤隆 司会:伏見唯 |
026 | 総括 沈黙の脱近代 伏見唯 |
000 | 第8回 不便姫と益ノ介 出口ヒロコ |
027 | 運営・経営ノウハウを体系化した『東京の住宅地 第5版』を目指して 梅本舞子 |
028 | "スマートタイプ"のためのデザイン 遠田敦 |
029 | 私のはじめての日本建築学会論文と「実践的研究」との関係 髙田光雄 |
030 | ル・コルビュジエの「最新式一家族住宅」─鼠捕りを鼠に 岡村健太郎 |
030 | 人工と自然のはざまで 荒井幸代 |
031 | 開口部近傍に心地よさは宿る 伊礼智 |
031 | 砲弾を束にしたラオスの民家 権藤智之 |
032 | 特集を読んで─翻訳者としての建築と都市 石川初 |
032 | 編集後記 会誌編集委員 |