2018-9月号 SEPTEMBER
特集17 再び手を結ぶ、研究と設計
● かつての建築学の黎明期を支え、その学問体系を構築した主役の多くは、アカデミシャンとしての"学者"であると同時に実践者としての"建築家"であった。彼らによって総合学として切り開かれた建築学の黎明期と見比べると、研究の専門分化が進行し、また設計が扱う対象も複雑化・多様化した今日、設計者と研究者の距離はますます遠くなっていると言わざるをえない。そんな今こそあらためて"研究"と"設計"、"理論"と"実践"、ひいては"学術"と"社会"はどのようにかかわるべきなのか、問い直す必要があるのではないだろうか。おそらく、こうした問題意識の高まりは建築分野に限った話ではないが、多元的な価値や技術を統合する学問としての建築学だからこそ提示できる、次の時代の新たな研究と設計の幸せな関係を探求したい。
● 本特集は以下の三つのセクションで構成されている。
● 第1部では、"建築家"の概念を軸に研究と設計の関係の変遷をたどる。現在では大学に籍をおく建築家が"プロフェッサー・アーキテクト"と呼ばれるように、いつからか"建築家"の意味するところには"学者"のニュアンスはほとんど含まれなくなった。上述のとおり、研究と設計の関係の変化とともに、"建築家"という言葉の意味するところも大きく移り変わってきているのである。そうした日本における建築家概念の歴史を速水清孝氏に描き出していただき、建築学における研究と設計の関係がどのように移り変わってきたのかをたどっていく。
● 第2部では、研究と設計の現在形をとらえる。建築学の専門分化が進むにつれ、すべての領域に精通した万能人としての専門家のあり方は現実的ではなくなり、ある意味では当然の流れとして、研究と設計はますます分離してきた。しかし、そうした状況に対する危機感を持った研究者・設計者は少数派ではなく、日々さまざまな課題に向き合いながら、それぞれの活動を展開し続けている。そこで建築学の各分野、具体的には意匠、計画、構造、環境の分野から、それぞれ川島範久氏、山田あすか氏、平岩良之氏、富樫英介氏にご登場いただき、現在の活動を踏まえつつ、それぞれの専門性から見る「研究と設計」について論じていただく。
● 第3部では、研究と設計のあるべき未来像を探求する。デザイン学を専門とする水野大二郎氏には、RtD(Researchthrough Design)と呼ばれる新しい研究および実践の形式についての世界的な動向の整理と、それを踏まえたうえでの未来の建築学に向けた問題提起を行っていただく。また、設計方法論を長年探求されてきた門内輝行氏には、研究と設計が連動した活動を行うためのスキルや能力などの「人」の問題と、そうした人材を教育する大学や学問の枠組みといった「制度」の問題の両面から、設計と研究の関係のあるべき姿と、その両義的活動の場としての建築アカデミーの未来像を描き出していただく。
● さらに、特集全体に対する付記として、今回得た学びを担当編集委員が総括する頁を最後に設けた。建築アカデミズムとアカデミーに関する問題は、次年度にもさらに深化させる計画があり、この頁は公開企画会議としても位置づけている。議論は広く開放したく、多くの方々からのご意見を賜れれば幸いである。
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[門脇耕三・山崎泰寛・酒谷粋将・吉本憲生]
特集18 建築書をつくるのは誰か
アカデミズムと市場の回路を構築する
● 現在の日本で建築書の担い手たる出版社は、規模の大小こそあれ、おおむね三つに類別できるだろう。書籍の売上で経営してきた独立系版元と、ゼネコンやメーカーを源流に持つ企業系版元、そして、アカデミアの近傍に位置する大学出版会系の版元である。そこで本特集は、まずこれらの版元に属する編集者の座談会を皮切りに、建築書を編集し、出版することの意義を編集者に問い、続けて建築系テキストの著者のあり様が論じられている。
● そもそも、アカデミックな場における考究の成果はどのように本としてパッケージされ、誰に読まれているのだろうか?
● 私企業としてそのような書籍を制作し、流通させてきた出版社にとって、「本は売れなくなった」とされる昨今の業界事情は頭が痛いに違いない。しかし、ウェブサイトや電子書籍など多様化するメディア群のなかで、一覧性や再現性の高さにおいて紙ベースのメディアが優位を保っている面もあるだろう。
● 右に示す表は、現在に連なる出版メディア群の見取り図でもある。著者と出版社、そして、読者によって建築をめぐる言説空間が構成されるならば、建築書の未来にとって、潜在的著者であり読者でもあるわれわれは、まさに当事者そのものだ。
● 書籍は、著者の知見を閉じ込めた文化的なプロダクトだ。著者の社会的属性や性別、年齢を問わず、本という形をとることによって、知は、市場を経由して社会に等しくもたらされる機会を得ることになる。これはアカデミズムにとって重要な社会貢献の回路でもある。本特集では、書籍を企画し、編集するつくり手にフォーカスして、建築書という回路が今どのように「設計」されているのかを探ろうとした。かつてのにぎわいを懐かしむのではなく、建築書のこれからを構築するために。
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[山崎泰寛・門脇耕三・市川紘司・石榑督和]
[目次]
002 |
特集17 再び手を結ぶ、研究と設計
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003 | 論考1 プロフェッサー・アーキテクトと 研究と設計 速水清孝 |
006 | オピニオン1 知見や技術を実践に活かす際の バリアを取り除く 川島範久 |
006 | オピニオン2 パーティで探求する 山田あすか |
007 | オピニオン3 いろいろ 平岩良之 |
007 | オピニオン4 先人たちの実務と研究 富樫英介 |
008 | 論考2 近年のデザイン学における 知の形式に関する動向 水野大二郎 |
010 | 論考3 新しい研究と設計の関係から望む 建築アカデミアの未来像 門内輝行 |
012 | 公開編集会議 建築アカデミズムをめぐるイシュー 門脇耕三×山崎泰寛×酒谷粋将×満田衛資 |
013 |
特集18 建築書をつくるのは誰か─アカデミズムと市場の回路を構築する
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014 | 座談会 著者と編集者が築く書籍の可能性 井口夏実×川尻大介×神部政文×柴山浩紀 聞き手:山崎泰寛+門脇耕三+市川紘司 |
018 | オピニオン1 今、建築書を手掛けること 三井渉 |
018 | オピニオン2 出版は贈与(返礼)である 富井雄太郎 |
019 | オピニオン3 読者が求めていることは何か 楠田博子 |
019 | オピニオン4 行動の「起点」となる コンテンツを未来に届ける 神中智子 |
020 | 論考 建築系テキストの執筆者とは誰か 飯尾次郎 |
000 | 第9回 I Want To Hold "My" Hand 軍司匡寛 |
021 | 京都大学の吉田寮とタテカンは柔軟に変わりゆける 平塚桂 |
022 | 来たるべき空間のための建築 鈴木陽一郎 |
022 | 再びインフラから考える 近藤弘起 |
023 | 情報社会の現代になお、実存する境界 櫻井明日佳 |
023 | ユートピアはどこへ向かうのか 住田百合耶 |
024 | 普遍的な設計課題と革新的なデジタル設備で広げるキャリアパス 木下昌大 |
026 | 生命に学ぶ建築 渡邊朗子 |
027 | 尺度と階層性を跳び超える構想力─松井宏方の計画案より 木方十根+増留麻紀子 |
027 | 要は何でも学会へ! 西宏章 |
028 | 特集を読んで─今和次郎と西山夘三 大月敏雄 |
028 | 編集後記 会誌編集委員 |