2018-10月号 OCTOBER

特集= 19 「木造建築の正しさ」と、その危うさ
特集=20 既成市街地の木造火災から考える


19 Critics on Contemporary Timber Architecture and Its Relation to Japanese Forest and Society
20 Think about Fire on Wooden Buildings in Existing City Area

 

特集19 「木造建築の正しさ」と、その危うさ

● 今、木で建築を建てることは、いわく否定しがたい正しさをまとっている。国内においては林業再生による地方創生のための切り札として、国外においても持続可能な開発のための地球環境負荷低減策として、「木造建築」に寄せられる期待は大きい。

● しかしこの優等生的建築材料がまとった「正しさ」は、ある特定の条件下だからこそ受動的に成立しているとも言えそうだ。木造建築の推進や抑制はその時々の社会状況や森林資源の充実度によって左右されてきた。では、はたして、現在の木を取り巻く環境をわれわれはどれだけ理解できているであろうか。

● 本特集では、木が山に植えられてから製品や建物として使われるまでの一連とそれにかかわる業態を、切り出された木が船運によって流域に運ばれ消費されてきたさまになぞらえ、木の育成と切り出しを担う林業を「川上」、木を材に加工し流通させる木材加工業を「川中」、材を扱い消費者に届ける建築業等を「川下」と呼ぶ。

● この川上・川中・川下おのおのの役割や課題、関係のあり方に無知無関心のまま、漠とした木の「正しさ」に依拠するのではなく、「正しさ」を成立させる力学や、それが容易に転換しうる「危うさ」にも目を向けることで、建築に携わるものが未来に向けて今果たしうる役割を、木「材」と木「造」との多様な関係に注意しながら見いだしたい。


[満田衛資・永井佑季・秋吉浩気(以上、編集委員)・小見山陽介(ゲスト編集者)]

特集20 既成市街地の木造火災から考える

● 有史以来、日本の街並みは木造建築で占められ、土壁、うだつ、瓦、自然水利、広小路、破壊消防などを駆使して延焼防止が図られてきた。こうした防火のノウハウは建築基準法の随所に散りばめられたが、RC造の普及に伴い、最低限守らなくてはいけないルール(できれば逃れたい縛り)として理解されるようになった。

● また、市街地火災研究の系譜を振り返ると、1961年に、建築学者・内田祥三、浜田稔らは『東京都の大震火災被害の検討』(東京消防庁)をまとめ、関東大震災と同規模の地震によって江東デルタ地域において甚大な火災被害が予測された。その後、木造密集地域(以下、木密)の建て替えや再開発が進み、地方自治体によるハザードマップの公表が定着したことで、日本の市街地火災は制御可能な都市問題として楽観視されるようになった。

● しかし、2016年に発生した糸魚川市大規模火災は、過去のものと思われた市街地火災が現代都市でも発生しうることを示し、一般の建築関係者のみならず、防災を専門とする研究者らに大きな衝撃を与えた。その背景には、サイディングによって外見上の準不燃化が進んだとはいえ、実際の不燃化が促進されておらず、老人一人が運営する飲食店が増えることで市街地全体の初期消火能力が著しく低下していたことも延焼の原因のひとつとして挙げられる。極論すれば、糸魚川市大規模火災は社会構造の急激な変化が防災研究者の見込みや予測を裏切った事例であり、有史以来の市街地火災は21世紀の日本においても依然として解決困難な都市問題となっている。

● 本特集は、古くて新しい既成市街地火災の過去・現在・未来について取り上げてみたい。第1セクションでは「市街地火災の過去」を振り返るべく、長谷見雄二氏と後藤治氏をお招きした。お二人には歴史的町並みのなかから得られる市街地火災の知見についてご議論いただき、大規模木造旅館や民泊といった現代的課題に向けた法整備の重要性についてもご提言いただく。

● 第2セクションでは「市街地火災の現在」を取り上げ、国総研・建研のメンバーによる糸魚川市火災現場検証の研究成果を紹介する。

● 第3セクションでは、「トレードオフから考える市街地火災の未来」を取り上げる。消火技術や不燃材の進歩、シミュレーションの高度化、法の改正、複数の保険制度によって、より安全で、より効率的で、環境に優しい都市建築が建設されるはずであった。しかし実際には複数の安全網が有機的に機能せず、それらの隙間に新しいリスクが生じている。そこで、設計者の立場から内海彩氏に既成市街地における木造の可能性とリスクをトレードオフの観点からお話いただく。同様に、物流倉庫の収容能力と防火、エネルギー密度と火災安全性、住宅メーカーの防火とコストについて、トレードオフの観点から各専門家にとらえ直していただき、火災と建築という普遍的な課題への向き合い方を提案する。


[豊川斎赫・稲垣淳哉・松島潤平・石榑督和(以上、編集委員)・萩原一郎(ゲスト編集者)]

[目次]

002

特集19 「木造建築の正しさ」と、その危うさ
Critics on Contemporary Timber Architecture and Its Relation to Japanese Forest and Society

004論考1
粗にして貴
網野禎昭
007インタビュー1
建築と森林への責任
速水亨
聞き手:満田衛資+秋吉浩気
010座談会1
地域の持続可能性と林業・建築
竹本吉輝+塚本由晴
聞き手:満田衛資+秋吉浩気+小見山陽介
013インタビュー2
サステイナブルな「完結した環」の創造
カトリーナ・レーマン
聞き手:永井佑季
014論考2
木造の多様性
腰原幹雄
017座談会2
社会と共にある木造
原田真宏+山田憲明
聞き手:満田衛資+小見山陽介+永井佑季+秋吉浩気

020

特集20 既成市街地の木造火災から考える
Think about Fire on Wooden Buildings in Existing City Area

022座談会
木造建築と現代の防災を考える
長谷見雄二+後藤治
聞き手:豊川斎赫+松島潤平+石榑督和
026論考1
2016年に糸魚川市で
発生した大規模火災について
岩見達也+竹谷修一+樋本圭佑
030インタビュー
中大規模木造と
防耐火性能・コストとのトレードオフ
内海彩
聞き手:豊川斎赫+稲垣淳哉+松島潤平+石榑督和
032論考2
大規模物流倉庫火災に見る
「定向進化」の危険と設計者の役割
小林恭一
034論考3
エネルギー密度と
火災安全対策とのトレードオフ
山田常圭
035論考4
木造住宅メーカーの防火と
コスト等とのトレードオフ
木本勢也

建築漫画
000第10回
自主防災のひみつ
ウラモトユウコ

連載

編集長インタビュー 第4回
036黒川哲郎「スケルトンログ」の可能性を振り返る|話者|黒川洋子・濱宇津正
聞き手:藤村龍至

学会発 第10回
038学生サマーセミナー2018
斎藤公男

設計教育の設計 第9回
040設計教育のための起点
水谷晃啓

TABLE OF YOUTH 第8回
042クロック・タグ
近藤弘起
042新たな移動空間による公/私の転回
櫻井明日佳
043都市史的視点と建築設計の融合をめざして
住田百合耶
043ショートケーキ批判を超えて
谷繁玲央

技術ノート 第8回
044土壁の性能データベースと品質保証
村本真

変わりゆく風景 第8回
045 活気に満ちる空間と仲卸─築地市場
砂川晴彦

すごい〇〇! 第9回
046雑誌『大阪人』の連載「発掘 the OSAKA」
髙岡伸一

youは何しに学会へ? 第9回
046ツかずハナれず、しかしツナガる
古屋貴司

まい・すぽっと 第9回
047小さな雑木林を抱えた私の場所
北川原温

こんな場所からこんな建築 第9回
047ストゥア─木材を運ぶ小さな谷の大きな装置
道明由衣+樋渡彩

#建築雑誌 第10回
048特集を読んで─設計と研究
坂牛卓
048編集後記
会誌編集委員