2018-11月号 NOVEMBER
特集21 政策と実務から考える建築環境工学
● 「私が一番いいたいのは経済の問題。これをやらなければ駄目だということで、これは一人ではできませんね。(中略)経済と結びついた原論の結論というか、そういうものを出さなければならない」。
● 『建築雑誌』1962年8月号「鼎談『計画原論』前後」において、建築環境工学の泰斗である渡辺要(東大名誉教授)は、皆の力で計画原論と経済を結びつける努力が必要、と強調している。半世紀経った今日において渡辺の発言を咀嚼すれば、「建築環境工学の基礎研究と政策をダイナミックに取り結ぶことこそ建築学会が取り組むべき課題である」とも理解できる。
● 一方で、「鼎談『計画原論』前後」が公にされたのとほぼ同時期、早稲田大学で建築環境工学を教えた井上宇市は、大学での研究を続けながら、丹下健三・坪井善勝らと協働して国立代々木競技場を設計し、実現に導いたことは広く知られている。
● 極論すれば、渡辺と井上はその後の建築環境工学の対極的なロールモデルとなった。前者は基礎研究を政策に反映させ、社会全体に訴えかける大学研究者の方向性であり、後者は最先端の環境工学的知見をモノとしての建築に組み込み、サステイナブルな建築(半世紀以上持続する建築)の実現に貢献する実務者の方向性である。
● 本特集は「政策と実務から考える建築環境工学」と題し、裾野が広がり続ける建築環境工学の今日的課題を浮き彫りにしてみたい。
● 第1セクションでは、「基礎研究から政策への展開」をテーマとして、村上周三氏・岡部明子氏・小泉雅生氏の座談会を企画した。また、論考では川久保俊氏に建築分野におけるSDGsの関係性、西尾健一郎氏には行動変容策による省エネルギー化促進に関する動向、西宏章氏には自治体主導による省エネ改修制度であるグリーンニューディール政策実装の現在について論じていただく。
● 第2セクションでは、「実務から考える今後の環境工学の射程」をテーマとして、井上の元で代々木競技場の設備設計に関与した尾島俊雄氏と、現在の設備設計の第一線で活躍する髙間三郎氏、荻原廣高氏の座談会を企画した。また、論考では、川島範久氏に環境配慮型建築の設計プロセス、特に設計時と運用時における統合(コミッショニング)について論じていただく。
● 第3セクションでは、「領域を跳躍するアップカミングテクノロジー」をテーマとして、環境政策や建築環境計画・設備の実務とは別次元の、注目すべき取組みを四つ紹介する。そこでは、新たなセンシング・解析手法によりこれまで把握できなかった環境が可視化されるとともに、新技術・新素材によりインフラのあり方に変革が起こり、SDGsを達成することが期待される。いわば、未来の環境政策と環境計画・設備の実務を根本的に問い直すターニングポイントとして期待される。
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[豊川斎赫・高瀬幸造・中島弘貴(以上、編集委員)・宮城島崇人(ゲスト編集者)]
特集22 北方文化圏における建築の普遍性と多様性
● 北海道は建築アソシエーションの理想形である。
● 亜寒帯に属する北海道の厳しい気候は、江戸末期に本州から持ち込んだ近世の建築文化や生活文化を拒んだ。そのため北海道はロシア、アメリカ、ドイツ、カナダなどの北方文化圏に範を求め、建築技術や産業技術を積極的に輸入する。明治期の開拓には近代都市計画が大胆に実験的に適用され、これはそのまま現在の北海道の骨格となっている。住宅建築においても「近代的な建築や設備などの技術を積極的に取り入れ、より合理的に、より技術的に、より温かい室内空間を持った住宅にしなければならない」[1]との考えのもと、さまざまなカタチでモダンデザインが積極的に取り入れられた。
● 1948年の北海道大学工学部における建築工学科創設、建築学会支部創設は、寒地建築の研究や技術者の育成を一段と推し進めた。同時に北海道の建築文化や芸術文化についての議論が活発化する。北海道大学建築工学科の創設とともに赴任した太田實は、北海道の建築学、都市計画学の研究と人材育成に尽力するとともに、現在まで脈々と続けられる「北海道建築作品発表会」を初めて開催した。北海道における建築と文化の地域批評レベルの向上と、建築文化の普及が目的であった。以来北海道では、組織やアトリエ、設計者や研究者の垣根を超えて建築をレビューする場が受け継がれている。1981年に始まったこの発表会は、その後1989年に刊行が始まる『作品選集』のモデルとなった。
● このように北海道の厳しい気候風土における近代化の取組みは、建築性能と意匠の活発なトライアルと議論を生み、特徴的な建築アソシエーションと北方建築文化を育てた。日本の各地域ではそれぞれ異なる気候や文化に対して、独自の建築文化や批評の場を形成してきたし、現在も各地でそうした取組みが試みられているが、本特集では北海道をそうした地域建築の象徴と位置づけ、地域に特徴的な建築アソシエーションや建築文化の醸成についての議論を起こすことが目的である。
1 上遠野徹ほか『建築家の清廉 上遠野徹と北のモダニズム』(建築ジャーナル、2010)
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[豊川斎赫・宮城島崇人(ゲスト編集者)・高瀬幸造]
[目次]
002 |
特集21 政策と実務から考える建築環境工学 |
003 | 論考1 SDGsの達成に向けた 建築関係者の役割と責務|川久保俊 |
005 | 座談会1 SDGs時代の環境工学─ 計画原論2.0の可能性|村上周三×岡部明子× 小泉雅生|聞き手:豊川斎赫+高瀬幸造+中島弘貴 |
010 | 論考2 省エネルギー促進に向けた 行動変容策の研究と社会実装|西尾健一郎 |
011 | 論考3 さいたま市における住宅向け グリーンニューディール事業に向けて|西宏章 |
012 | 座談会2 もっと「あるべきもの」が、 追求されるべき|尾島俊雄×髙間三郎×荻原廣高 聞き手:豊川斎赫+高瀬幸造+中島弘貴+宮城島崇人 |
016 | 論考4 環境シミュレーションを用いた 環境配慮型建築の設計プロセス─ コミッショニング|川島範久 |
018 | 論考5 自律分散型水インフラの実現による 建築・都市の創発性への寄与|北川力 |
019 | 論考6 古生物の化石に数値流体解析を 応用してみた|椎野勇太 |
020 | 論考7 省エネ情報技術の最先端「NILM」 只野太郎 |
021 | 論考8 バクテリアを用いた自己治癒 コンクリート技術「Basilisk」 會澤高圧コンクリート株式会社+ アイザワ技術研究所株式会社 |
022 |
特集22 北方文化圏における建築の普遍性と多様性 |
023 | 論考1 北海道建築作品発表会をめぐって 小澤丈夫 |
024 | 論考2 北海道の建築と北方文化圏 越野武 |
026 | 論考3 札幌の都市計画とサスティナビリティ 村木美貴 |
027 | 論考4 北海道のランドスケープ─ イサム・ノグチとモエレ沼公園 松岡拓公雄 |
028 | 論考5 道総研 建築研究本部の 取組みと未来像|鈴木大隆 |
029 | 論考6 北海道現代建築のアーキタイプ 山田深 |
030 | 論考7 原始林という建築 久野浩志 |
031 | 座談会 設計・施工・研究のエコシステム 山本亜耕×丸田絢子×斉藤雅也 聞き手:宮城島崇人 |
033 | 対談 新たな文化圏を目指して 加藤誠×五十嵐淳|聞き手:宮城島崇人+豊川斎赫+高瀬幸造 |
037 | 論考8 北海道組の活動と今後の展望 髙木貴間 |
000 | 第11回 外断熱北海道雪中景 松島酸化鉄 |
038 | 都心再開発で再認識された価値とは?─札幌都心再開発 小篠隆生 |
039 | 木質構造接合部設計マニュアル改訂小委員会 軽部正彦 |
040 | 東京工業大学の建築設計教育─基礎教育と、応用への議論の場 塩崎太伸 |
042 | 捧げる時間と授かる時間 近藤弘起 |
042 | 舞台をつくり、みんなと踊る 谷繁玲央 |
043 | ボーダレスアーキテクチャ─感性の解放を誘起する現象の設計 津川恵理 |
043 | 建築を読む、そのレッスン性 山川陸 |
044 | 建築と環境の物語 樋山恭助 |
045 | あの時期に学んだ大切なこと 澤地孝男 |
046 | 厚真町は民家の博物館 羽深久夫 |
046 | 自然と人の営みから学ぶ環境設計の未来 朝廣和夫 |
047 | ポンピドゥー・センター 難波和彦 |
047 | 道東の、ある歴史的建造物とその試験圃場、テリトーリオの再評価 植田曉 |
048 | 特集を読んで─木材と木造 安井昇 |
048 | 編集後記 会誌編集委員 |