2018-12月号 DECEMBER
特集23 建築のレコード・マネジメント
● 本特集では建築の記録のあり方を考える。記録のあり方に注目することで、建築にかかわるそれぞれの立場からアーカイブズとのかかわりを検討し、建築の記録とアーカイブズの課題を広く共有したい。そのための補助線として、ここではアーカイブズ学におけるレコード・マネジメント(記録管理)に注目する。
● 「記録を大切にする社会へ」─。日本建築学会建築博物館の初代館長に就いた林昌二は、2003年1月の開館に際してこう唱え、「アーカイブへの小さな芽」と喩えた同館の発足が、記録を大切にする風土を醸成する契機となることを願った[1]。記録のあり方がさまざまに世界を騒がせる今、私たちは建築の記録をどのように扱い、未来へとつなぐことができているだろうか。
● 2000年代以降、日本建築学会建築博物館をはじめ、新たに幾つもの建築アーカイブズ機関が設立された。なかでも、建築資料を専門に扱う唯一の国立機関としての文化庁国立近現代建築資料館の開館は、日本の建築文化の歴史においてひとつの里程標となろう。既存のアーカイブズ機関も含めて、そこでは独自のコレクションポリシーに基づき、建築が生み出され、使われてきた過程で生じるさまざまな記録(資料)の収集・保存が進む。建築アーカイブズの芽は着実に枝を広げている。
● しかしながら、アーカイブズにおける記録の収集や公開に向けての活動が進んできたことで見えてきた課題もある。例えば、アーカイブズの活動を制限しうる、設計図書の譲渡や公開を制限する設計委託契約の存在である。あるいは、今まさに進行している設計活動の記録(ボーンデジタルの図面や文書、BIMデータなど)、法で定められた保存期限を過ぎた記録(確認申請書類や営業記録など)の取り扱いなどである。それらはどう残され、利用されうるのか。こうした課題は、記録がアーカイブズに移管されて歴史資料となる以前の記録管理にもかかわることである。
● 第1セクションでは、本特集の補助線となるレコード・マネジメントについて、アーカイブズ学の立場から解説していただくとともに、建築分野におけるアーカイブズとレコード・マネジメントについて論じていただく。
● 第2セクションでは、歴史的な記録を取り扱う建築アーカイブズの立場から、日本建築学会と文化庁国立近現代建築資料館の取組みと、そこから見えてきた課題を論じていただく。また、海外事例として、建築家資料や建築行政記録など、都市の建築についてのさまざまな記録を扱うアーカイブズが並存するブリュッセルの事情を紹介いただく。
● 第3セクションでは、記録が生産される現場から、現在の設計組織における記録管理とアーカイブズの構築に向けた取組みを紹介する。ここではデジタル技術にも目を向け、BIM等を利用した設計・施工・維持管理における記録管理の実況やアーカイブズに向けての課題を論じていただくとともに、都市スケールのプロジェクトにおけるBIMの導入、3D都市データの収集・活用の事例を紹介いただく。また、大学が計画者・設計者・使用者としてかかわるキャンパス計画を通して、新旧の記録の役割と意義を論じていただく。
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1 林昌二「建築博物館という小さな芽」(『建築雑誌』2003年1月号、連載「建築博物館が欲しい!」第13回)
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[満田衛資・山崎泰寛・三井祐介・三宅拓也]
特集24 デジタル・ヴァナキュラー
● デジタル・ヴァナキュラーとは、コンピュータ・シミュレーションやデジタル・ファブリケーションといったデジタル技術により再獲得された、新しい風土性のことである。本特集におけるヴァナキュラーは、建築学で論じられる「環境的制約によって生じた建築物そのもの」と、民俗学・文化人類学で論じられる「市井の人々の自立的な生活行為」の二つの意味合いを持つ。そのため、下記の2部構成で議論を展開することで、双方の視点からデジタル・ヴァナキュラーを浮き彫りにしたい。
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土着的なデジタル建築について
● 1964年に開催されたB・ルドフスキーの「建築家なしの建築展」以降、建築学では幾度となくヴァナキュラーが言及されてきた。そのなかのひとつである、産業化時代の現代民家としての「インダストリアル・ヴァナキュラー」は、物の移動が地球規模で行われる中央集約的な大量生産を背景にしていた。一方で、デジタル・ヴァナキュラーが前提とするのは、インターネット的な自律分散型の生産体系である[1]。この新しい社会基盤は、かつて大野勝彦が提示した、生産と流通のショートサーキットの形成と、建築家自らが部品をつくることを実現しつつある[2]。ここで重要なのは、現地調達によって土着的な外観が獲得されるだけでなく、同時に建築性能の担保を可能にしている点である。第1部の上海とバルセロナの研究者のインタビューでは、コンピュータ・シミュレーションを活用した環境対話型のデザインと、目的性能を満たすために最適化されたロボティック・ファブリケーションとの同期が示されており、ポストヒューマンの時代におけるデジタル・ヴァナキュラーな建築のあり方について議論を展開した。
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アノニマスな生産行為について
● 民俗学・文化人類学で言及されるイヴァン・イリイチによる「ヴァナキュラー」の定義は、「産業的なもの」に対立する概念として扱われ、「人々が日常の必要を満足させられるような自立的で非市場的な行為を意味することば」とされる[3]。デジタル・ファブリケーションの普及による、ユーザーの主体的な生活環境の創出は、正にイリイチの定義に合致する状況と言えるだろう。いわば、デジタル・ヴァナキュラー時代のアノニマスデザインに関するこの議論には、人々をいかにして自立させるかという〈教育的〉な問題と、専門家はどのようにしてかかわっていくのかという〈職能的〉な問題を孕んでいる。第2部では、前者の問いに対して、最先端のデジタル技術を初等教育に応用した〈新時代の教育者〉のインタビューを実施し、後者の問いに対しては、機構をオープンソースとして公開しつつも開発コミュニティの形成に尽力する〈新時代のエンジニア〉のインタビューを実施した。両者に共通するのは、人々の自律的な生産行為を支援するために、誰もが真似しやすいテンプレートと、誰もが扱いやすいデザインツール、誰もが参画しやすいコミュニティの設計を行っている点である。最後に収録された対談では、これら他領域の実践を題材にして、建築におけるアノニマスデザインの先駆者である2名の建築家と共に、デジタル・ヴァナキュラー時代の建築家像について議論を展開した。
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1 秋吉浩気「自律分散型の生産システムをつくる」(『新建築』2018年10月号)
2 大野勝彦『地域住宅工房のネットワーク─住まいから町へ、町から住まいへ』(彰国社、1988)
3 I・イリイチ『シャドウ・ワーク─生活のあり方を問う』(岩波書店、1982)
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[秋吉浩気]
[目次]
002 |
特集23 建築のレコード・マネジメント |
004 | 論考1 建築アーカイブズをめざして|齋藤歩 |
007 | 論考2 建築におけるレコード・マネジメントの 導入と情報資産の活用|齋藤柳子 |
010 | 論考3 建築の歴史資料とアーカイブズ─ 日本建築学会の取組みから|山﨑鯛介 |
012 | 論考4 文化庁国立近現代建築資料館の 活動から見えてきた現場の課題|藤本貴子 |
013 | コラム1 構造エンジニアのアーカイブ|竹内徹 |
013 | コラム2 四会約款と 建築アーカイブズへの影響|尾谷恒治 |
014 | 論考5 都市の記憶─ ブリュッセルのアーカイブズ|小田藍生 |
016 | 論考6 組織設計事務所における 設計情報の生成と管理|佐藤賢一 |
018 | 論考7 建築データライフサイクルの 「輪を閉じる」|石澤宰 |
020 | インタビュー1 渋谷の再開発をBIM・CIMで解く 吉村知郎+小島文寛|聞き手:三井祐介 |
022 | インタビュー2 3D都市データが生み出す ベネフィット─「3dcel」のチャレンジ 齋藤精一|聞き手:三井祐介 |
024 | 論考8 大学の空間と記録|千葉学 |
026 |
特集24 デジタル・ヴァナキュラー |
027 | インタビュー1 サイボーグクラフトマンシップによる ローカリティの獲得 フィリップ・F・ユアン|聞き手:秋吉浩気 |
027 | インタビュー2 地域素材や環境特性に適応した 建築形態の生成 アレクサンドル・デュボア|聞き手:秋吉浩気 |
032 | インタビュー3 21世紀型の初等教育 佐藤桃子+板本伸太郎|聞き手:秋吉浩気 |
034 | インタビュー4 オープンソースを超えて 「まち」に根差す 近藤玄大 |
036 | 対談 デジファブ時代の風土のつくり方 家成俊勝×吉村靖孝|聞き手:秋吉浩気 |
000 | 第12回 世界雲勢図─CLOUD GIANTS Text5 |
038 | 地域と共に生きる─東京の銭湯 栗生はるか |
039 | 施工BIM小委員会の活動について 石田航星 |
040 | リアルな課題から設計の思考を鍛える 杉田洋+杉田宗 |
042 | 建築のグラデュアリズム 始まりも終わりもない建築へ 谷繁玲央 |
042 | 白い箱から無色の網へ 津川恵理 |
043 | 建築を読むには時間がかかる 山川陸 |
043 | インドネシアから学ぶ、活動空間の受容力 阿部光葉 |
044 | 建築・都市環境におけるデジタルアーカイブ技術とその課題 木内俊克 |
045 | 組物の力学的な研究 藤田香織 |
046 | 静坐社に散りばめられた泰山タイル 本間智希 |
046 | 建築資料を守るつながり 髙木愛子 |
047 | ヴィチェンツァ近郊の家 吉良森子 |
047 | 巨大ワンルーム大聖堂 伊藤喜彦 |
048 | 特集を読んで─地域主義について 藤村龍至 |
048 | 編集後記 会誌編集委員 |