2019-3月号 MARCH
特集29 「仮」すまいの未来
● 東日本大震災後から約8年が経過し、多くの被災自治体で仮設住宅がいま閉鎖されようとしている。仮設住宅は災害救助法により2年の供与が定められているが、東日本大震災では大規模造成を伴う復興事業の長期化などの影響により、一律延長、特定延長を重ね多くの自治体で8年を超える年月のあいだ運営が続けられたこととなる。
● 現在の日本における行政による災害後のすまいの大量供給のスキーム:「避難所→仮設住宅→災害公営住宅」は阪神・淡路大震災で完成したとされる。戦後の住宅大量生産を支えたプレハブ技術が災害時の応急仮設住宅の供給を支え、「仮」から「本設・恒久」といった「段階的復興」のスキームが構築された。また高度経済成長期に都市部で広がった持ち家志向もあわせ、仮設住宅は「本設・恒久」的なすまいにたどり着くための「仮」の場(借りもの/一時凌ぎ/時間稼ぎ)であるとの供給思想が根付いていった。しかし近年、災害が頻発するなか、仮設住宅の居住性の向上、ストック活用、建材のリユース、自宅敷地への仮設住宅の設置など、「段階的復興(仮→本設・恒久)」のスキームを超えた計画の進化がみられる。同時に、既存の制度や枠組みとの齟齬や限界もみられる。
● こうしたなか、今後の災害後のすまいはどのような未来へと進んでいくべきなのだろうか。「仮」として括られてきた日本の災害後のすまいを見直し、すまうことの原点から再考することを本特集では目指したい。
● 第1部では、牧紀男、大月敏雄両氏へのインタビューをとおして、1947年災害救助法にて制度として位置づけられた応急仮設住宅を中心に、災害後のすまいのあり様の歴史、今後のあり方について議論する。
● 第2部では、鈴木浩氏、窪田亜矢氏へのインタビューをとおして、福島第一原子力発電所事故後の、被災地域/避難先地域/再定住先地域を包含するすまいのあり方について議論する。
● 第3部では、多様な国・地域の被災地域でフィールドワークを行う研究者より、災害後のすまいの取り組みの事例と災害後にすまうための知恵について論考いただく。
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[豊川斎赫・井本佐保里・石榑督和・益子智之(編集協力者)・益邑明伸(編集協力者)]
特集30 神戸にみる「都市経営」のこれまでとこれから
─開発主義を越えて
● 山と海に挟まれた神戸は、天然の良港を擁し早くから港湾と関連産業が発達したが、その狭隘な地理条件は、都市発展を大きく制約してきた。そこで、神戸市役所自身がデベロッパーとなって「都市経営」を強力に推進し、山を切り出して海を埋め立てることで、都市域を拡張してきた。その結果として神戸市は「都市経営」のトップランナーとして全国的に認知されると同時に、都市官僚主導によるトップダウン式の手法は、しばしば批判にさらされてきた。
● このように、官主導による開発主義的な計画風土を持つ神戸であるが、その一方で、民主導によるボトムアップ型のまちづくりの先進地としての側面も見逃せない。真野地区・丸山地区における住民主体のまちづくり運動をはじめとして、住区構想に生かすために整備された「コミュニティカルテ」(1973年)およびそれを発展させた「環境カルテ」(1978年)、全国初の「まちづくり協議会」設立(1981年)など、参加と協働のまちづくりが、全国に先駆けて展開してきたのである。
● 官の都市計画と民のまちづくりというプランニングの二面性は、神戸に限らず日本のあらゆる都市・地域に少なからず見出される構造である。しかしそのなかでも神戸は、臨海部・丘陵地の新規市街地開発を中心とした「官主導によるハード重視の"鳥の目"都市計画」と、既成市街地を中心とした「民主導によるソフト重視の"虫の目"まちづくり」が鮮烈なコントラストを示し、それらが狭隘な市域の中で同居する微妙な釣合いのなかで、まちづくりの歩みを進めてきた。
● ひるがえって現在の神戸のおかれた情勢を見ると、空間需要は総体としては頭打ちで大規模開発の余地は小さく、従来神戸市が進めてきた「官主導」「開発主義式」の都市経営は曲がり角に来ていると言わざるをえない。神戸は、これからどのように「都市経営」の手法をアップデートし、都市計画・まちづくりを展開していくべきなのかについて、いちど立ち止まって考えるべき時期に差し掛かっている。
● とはいえここで「官と民、どちらのプランニングが善か」を二者択一的に断じようというのではない。元来大阪に比べて工業基盤が弱い神戸にとって、港湾部を中心として都市更新を先導し、都市競争力を維持することは生命線であり、そのために都市経営が果たしてきた役割は大きい。住民・民間事業者主体のまちづくりに大きな期待がかかる一方で、脱工業化とそれに伴う港湾の重要性の相対的低下、アジア諸都市の躍進と貨客流動の国際化など、国際港湾都市として発展してきた神戸を取り巻く情勢が大きく転換する今日、大局に立って神戸の都市計画・まちづくりを考えるために、神戸に脈々と息づく「都市経営」の発想力が果たしうる役割には引きつづき大きいものがある。
● 戦後の神戸都市開発史を顧みれば、原口忠次郎(元神戸市長・第12代)・宮崎辰雄(同・第13代)のリーダーシップを骨格として確立された開発主義的な「攻め」の都市経営の姿勢は、1995年の阪神・淡路大震災を契機として大きく変質した。その後の、復興まちづくりに邁進しつつ巨額の借金(災害復旧債)返済にあえいだ約20年間は、都市経営の視点からは「守り」とならざるをえなかった。しかし2016年度末、ついに災害復旧債を完済した神戸市では、若者に選ばれるまちを掲げた「神戸2020ビジョン」が策定され、「三宮クロススクエア」を中心として三宮駅前の大胆な再整備像が提示されるなど、矢継ぎ早に新たな都市戦略・再生計画が打ち出されており、復興期を越えて新たな「攻め」の都市経営へとシフトチェンジしたように見える。
● 神戸が今、新たな「攻め」の都市経営の時代を迎えたとすれば、従来型の官主導・ハード偏重の開発主義の発想を超えて、官民が協働してソフト・ハードの両面から丁寧にまちをつくっていく、新しい「神戸都市経営」を模索する好機ではないか。高度成長期、日本全体が開発主義に傾倒するなかで、その代表選手として輝いた「近代の申し子」神戸が、開発主義を脱して政策主義的転回をはかるとすれば、日本の自治体に向かうべき方向性、《自治》のありかたを、ふたたび指し示すことになるだろう。
● こうした問題意識のもと、本特集では、神戸における都市開発の歴史的文脈のなかでの「神戸都市経営」の変遷を振り返るとともに、これまでに実現された市主導による都市計画を「神戸都市経営の戦後史」としてその後を追い、批評的レビューを加える。そのうえで、これからの都市戦略を考えるにあたっては、開発主義を脱し、新たな《自治》のかたちとして「都市経営」を捉え直すことが必要であるとの視点に立ち、これからの「都市経営」に向けて、官民のギャップを超えた協働の萌芽にまなざしを向ける。以上をとおして、脱成長期を迎えたわが国の大都市における次世代の「都市経営」のすがたを浮かび上がらせたい。
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[藤村龍至・山村崇・樋渡彩・水谷元]
[目次]
002 |
特集29 「仮」すまいの未来 |
004 | インタビュー1 日本の仮すまい・くらしの転換点 --関東大震災以降の災害復興の歴史から 大月敏雄×牧紀男 聞き手:井本佐保里+石榑督和+益邑明伸+豊川斎赫+益子智之 |
009 | インタビュー2 原発災害の特質を踏まえた 福島のこれから 鈴木浩×窪田亜矢|聞き手:井本佐保里+益邑明伸+豊川斎赫 |
012 | 論考1 選択肢としての自力復興 岡村健太郎 |
013 | 論考2 水害と水上げ小屋 平田隆行 |
014 | 論考3 イタリアにおける地震災害後の 暫定居住地の計画とデザイン 益子智之 |
015 | 論考4 米国における仮設住宅の進化 マリ・エリザベス |
016 | 論考5 一筆指定の災害危険区域と 被災住宅での暮らし 藤賀雅人 |
017 | 論考6 首都直下地震時の 仮設住宅不足への対応準備 佐藤慶一 |
018 |
特集30 神戸にみる「都市経営」のこれまでとこれから
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021 | インタビュー 震災復興から新たな攻めのステージへ ─これからの神戸の都市戦略|久元喜造|聞き手:藤村龍至 |
024 | 座談会 「住宅都市」としての神戸を取り戻せ 小林郁雄×垂水英司×小浦久子×室崎益輝 聞き手:藤村龍至+山村崇+樋渡彩+水谷元+槻橋修 |
028 | 論考「批評的レビュー」1 神戸市港湾エリアの「官主導」による 開発時代の終焉|中山久憲 |
029 | 論考「批評的レビュー」2 西神ニュータウンの特徴 大海一雄 |
030 | 論考「批評的レビュー」3 神戸の東西新都心 西=神戸ハーバーランドと東=HAT神戸|小林郁雄 |
031 | 論考「批評的レビュー」4 新長田駅南地区と六甲道駅南地区 の震災復興再開発事業|村上しほり |
032 | 論考「批評的レビュー」5 "自分たちのまちは自分たちで守る" ─地域運営への転換[浜山地区・真野地区]|吉川健一郎 |
033 | 論考「批評的レビュー」6 みなとのもり公園(神戸震災復興記念公園)の 整備と市民参画|天川佳美 |
034 | コラム1 神戸復興20年、開港150年を越え、 〈ワカモノの都市〉へ|槻橋修 |
035 | コラム2 都市経営における市民の役割|村上豪英 |
036 | コラム3 歩きやすい都市の愉悦と奥行きを 島田陽 |
036 | コラム4 新しい都市戦略─三宮プラッツを通して 畑友洋 |
000 | 第15回 (仮)n匹の子豚 杵モチコ |
037 | 港湾都市における風景の継承 横浜インナーハーバー地区 石渡雄士 |
038 | 変わりゆく神戸を歩く 藤村龍至 |
040 | 黒潮建築の可能性 田熊隆樹 |
040 | わかりにくい風景のブランディング 清山陽平 |
041 | かたちの集合 小澤拓夢 |
041 | 余白から遊び場へ 中村周 |
042 | 地域性と国際性を育む─東北大学の設計教育 佃悠/井上宗則/土岐文乃/藤山真美子 |
044 | ISAIAとJAABE:アジアにおける学術国際化の重要な資産 小野田泰明 |
045 | 再注目される近代レンガシェルに迫る 熊谷亮平 |
046 | 「良い応急仮設住宅」という命題 牧紀男 |
047 | 幸町1965/1978 戸田穣 |
047 | My Daily Life 横河健 |
048 | 家計負担で成立する都市 大野秀敏 |
048 | 編集後記 会誌編集委員 |