2019-6月号 JUNE
特集35 建築法制100周年[歴史編]
現実と理想のあいだで
●2019年は市街地建築物法(以下、物法)・旧都市計画法という日本近代建築・都市法制の制定100周年に当たる。それを記念して、本特集では、歴史編として建築法制の100年を振り返ることで、果たしてきた役割を明らかにするとともに、今後の課題を整理する。
●これまで建築法制は建築物の敷地、構造、設備及び用途に関して国民の生命、財産などを守るための最低基準を定めてきた。それらは災害や事故、目指すべき都市像・建築像に応じて基準の改定が積み重ねられる一方で、刻一刻と変化する社会の実態や技術の発展と歩み寄りとすれ違いを繰り返してきた。その過程は、社会の実情を鑑みて法制が最低基準として定められるという現実と、よりよい社会を実現するために目指すべき都市像・建築像や理論研究に基づくあるべき技術水準という理想の間で、法制の設計者がギャップを抱えながら試行錯誤を行ってきた歴史でもある。
●このような背景の下、法制が果たしてきた役割を明らかにするためには、最低基準としての法制の歴史に加え、その背後にある理念や理論の歴史との関係性を明らかにしたうえで、現実の建物や市街地、都市がどのように形成されたかを振り返る必要があるだろう。また、そこから今後に活かしうる立脚点を模索するに当たっては、成長時代に軸足が置かれたこれまでの法制において目標とされてきた都市像と、これからの人口減少・超高齢社会において想定すべき状況との乖離が大きくなっているという認識をもつことも重要であろう。
●建築法制は、個別建物の安全性などに関わる単体規定と、建物が集まってできる都市像を規定する集団規定という大きく2つの基準(と付随する手続きに関する制度規定)に分類されるが、それぞれで具体的な論点が異なってくる。違反や問題のある設計・施工が後を絶たない一方、姉歯事件後「厳格化」された規制の弊害が指摘されていること、制度の実効性と効率性(安全の確保と経済性)のバランスをどうすべきかなど、依然として単体規定としての課題も残っているが、人口減少・超高齢社会においては、空き家の発生に伴う都市のスポンジ化のように、建築群・都市像が今後特に変わっていくことが想定されることを勘案し、理念そのものが問われていると考えられる集団規定により重点を置いた特集とする。
●単体規定については、1919年当時、災害に対して脆弱だった市街地が、震災・戦災での壊滅的なダメージ、あるいは、都市への人口の大移動に伴う質的に不十分な住宅地の形成といった問題を孕みながらも、この100年の間に高度な耐震性・防火安全性などを備えたものとなっている。度重なる災害の経験を教訓として、建築物の性能の評価や向上のための技術や理論がどのように開発され、それが、社会状況やニーズの変化の中で建築生産において如何に活用されてきたのか、そして、その過程において、法令がどう改善され、その運用にさまざまな立場で関わる各主体がどのような役割を果たしてきたかを把握し評価することは、今後の建築に求められる性能やそれを実現し維持していくための仕組みのあり様を考えるうえでの示唆を与えるものとなるだろう。
●一方、集団規定については、大きな転換点を経験した後、それに起因する問題を抱えながら法制の果たすべき役割が多様化したと捉えることができるだろう。まず大きな転換点として、1919年の物法の制定時において、単体規定及び集団規定双方を含んだ世界でも独自の枠組みがつくられ、それを引きずったまま現在に至ることが法制の大きな構造的な問題である。次に、1968年の新都市計画法制定に対応する1970年の建築基準法改正によって、用途地域細分化、容積率制の全面導入、総合設計制度の創設など、現在の都市像の根底をなす法制が集中して整備された。それ以降、いわゆる交安防衛(交通・安全・防火・衛生)という近代法制の当初からの理念に加えて、地球規模での持続可能性や景観といった内容への対応や、経済政策として容積インセンティヴに基づく緩和型都市計画、地方分権の進展による地域性を考慮した規制(条例)というように、建築法制の周辺領域で対応すべき政策課題が多様化してきた。大きな転換点について見識を深めるとともに、政策課題が多様化したなかで法制の果たした役割を概観することで、人口減少・超高齢社会という成熟時代を見据えた今後の課題が抽出できるだろう。
●そのような認識のもと、本特集では、以下のように構成される。まず、単体規定編では、岡田恒男氏・長谷見雄二氏・内田祥哉氏のインタビューを通じて、構造、防火、建築生産という分野別に、理論や研究成果などが法制の整備にどう反映され、現状に至ったのかを論考し、今後を展望する。そして、集団規定編では、岡辺重雄氏による1919年以来の集団規定の法制の枠組みの歴史についての論考及び、中島直人氏による1970年の容積率制の全面導入に至る歴史についての論考を通じて大きな転換点を振り返り、高見澤邦郎氏のインタビューを通じてニーズが多様化した1970以降の歴史について概観する。最後に、蓑原敬氏・内藤廣氏・伊藤明子氏による座談会を通じて理念・理想と法制・市街地の実態の100年を概観し、特に集団規定に重点を置いて振り返るべき過去の立脚点の抽出や今後の課題の全体像を整理する。
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[門脇耕三・中島弘貴、
編集協力:五條渉・有田智一(日本近代建築法制100周年記念活動支援小委員会[建築法制委員会])]
特集36 建築法制100周年[展望編]
これからの都市と建築の規範を考える
●前特集の建築法制100周年の歴史編に続いて、本特集では、展望編として建築法制の未来を占う。市街地建築物法やそれを引き継いで定められた建築基準法は遵守すべき最低基準というのが基本的な位置付けの法令である。一方で、建築に求められる水準は時代を経るごとに高くなっているとともに、省エネやバリアフリーをはじめとしてその項目数も増加している。そうした社会の変化に応じて生じるギャップを埋めるために、既存法令の改正によって最低基準を高くすることや、新たな法令の整備によって今まで対応がなされてきた。
●一方、ストック社会への突入に伴う建築活動のありようの変化や、AI・情報通信技術、新材料などの技術革新、地方分権の進展は、建築生産システムやその担い手の職能・責任のあり方にまで影響を及ぼし、法制の前提を覆しかねないほどの大きなギャップを生じさせつつある。建築法制を展望するにあたり、このようなギャップを引き起こしている建築・都市を巡る情勢の変化をまず概観することが必要だろう。
●さまざまなギャップが生じているなかで、それらを埋める手段は必ずしも中央政府による従来型の既存法令の改正・拡充によるものだけではない。これまでにない方向性による法令の改正・制定や、地域の実情に応じた地方公共団体による条例に基づく対応、さらには、市場原理の活用を含む民間事業者による経済活動の誘導、あるいはリスクヘッジ、成熟した市民(組織)などが主導する契約・協定的手法などの多様なアプローチは、既存法令を補完、あるいは代替する可能性を持つ。共創社会と言われて久しいが、中央政府のみならず、地方公共団体や民間事業者などの各セクターの果たしうる役割を考え、多様な主体の責任分担と協働を前提とした社会システム全体を俯瞰し、これからの都市と建築の規範を広く考えることで、建築法制が果たすべき役割が浮かび上がってくると考える。
●そこで本特集では、社会の変化が法制の前提をどのように変えているかを議論したうえで、各セクターが果たしうる役割を展望し、これからの建築法制のあり方や法制への関わり方を論じることを狙いとする。まず、中井検裕氏・野城智也氏・小川富由氏による座談会を通じて、情勢の変化を整理し、建築法制のこれからを概観する。次いで廣瀬克哉氏・小浦久子氏・平松宏城氏のインタビュー・論考を通じて、条例などに基づく地方自治や市場を誘導する法令によらない認証制度の可能性を明らかにしたうえで、これからの建築法制を展望いただく。最後に、水野祐氏・山本浩司氏の論考を通じて、法律家や経済学者という他分野の専門家の立場から、建築法制へのコミットの仕方について多角的な視座を得る。
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[門脇耕三・中島弘貴、編集協力:五條渉・有田智一]
[目次]
004 |
特集35 建築法制100周年[歴史編]
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006 | インタビュー1 耐震設計の萌芽から性能設計へ 岡田恒男|聞き手:福山洋+五條渉+中島弘貴 |
008 | インタビュー2 後追いから社会を先導する 制度設計に向けて 長谷見雄二|聞き手:大宮喜文+五條渉+中島弘貴 |
010 | インタビュー3 建築法制・構法学の 歴史と建築士の責任 内田祥哉|聞き手:松村秀一+五條渉+門脇耕三+中島弘貴 |
012 | 論考1 市街地建築物法に規定された 枠組みの残像--用途地域制を例に 岡辺重雄 |
014 | 論考2 容積地域制の導入経緯と建築学 中島直人 |
016 | インタビュー4 都市計画法制・市街地変容の歴史と 専門家の役割 高見澤邦郎|聞き手:有田智一+中島弘貴 |
018 | 座談会 建築・都市にインストールされてきた 法制と理論・理念の100年 蓑原敬×内藤廣×伊藤明子 聞き手:藤村龍至+有田智一+中島弘貴 |
024 |
特集36 建築法制100周年[展望編]
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025 | 座談会 Society5.0の建築法制 ─最低基準に留まらない より良いものを目指して 小川富由×中井検裕×野城智也 聞き手:門脇耕三+中島弘貴+五條渉+有田智一 |
029 | インタビュー 人口減少・超高齢社会の 地方自治と公共性 廣瀬克哉|聞き手:中島弘貴 |
031 | 論考1 地域らしさが生きる プランニングの可能性 小浦久子 |
033 | 論考2 都市のESGが問われる時代 平松宏城 |
035 | 論考3 ストック社会における法の役割 水野祐 |
036 | 論考4 世界史からみた日本建築法制の 現在とまちづくりの将来 山本浩司 |
002 | 学術・技術・芸術のバランスのとれた運営と そのような体制での若手教育のシステムづくり 竹脇出 |
000 | 第18回 MOB changes the world 座二郎 |
037 | 構法史WGの活動について 松本直之 |
038 | 日本型「都市再生」はどのように生まれたか|話者|和泉洋人 聞き手:藤村龍至 |
042 | 野菜誘導型地区計画 木村達之 |
042 | 中二階と注釈と建築物 立石遼太郎 |
043 | 集落から郊外、そして都市に向けて 大和田卓 |
043 | プロジェクトのダイナミズムと行政 髙橋香奈 |
044 | パラメータへの応答作業からパラメータ自体のデザインへ 久野紀光 |
046 | 地域資産を軸とした風景の再興─江戸城外濠 高道昌志 |
047 | 華やかな都市の、その下には 稲益祐太 |
047 | まぼろしの超高層ビル「島根県庁別館」 山本大輔 |
048 | 「世界単位」の成立根拠 布野修司 |
048 | 編集後記 会誌編集委員 |