2019-8月号 AUGUST

特集= 39 社会の羅針盤としての企業研究所─技術研究の意味を考える
特集=40 すばらしき工務店の世界 建設ベンチャー今昔


39 Research & Development Institutes Belong to Enterprises as a Guidepost for Society - Significance of Technical Research
40 Wonderful World of Japanese Home Builders - Construction Ventures Now and in the Past

 

特集39 社会の羅針盤としての企業研究所─技術研究の意味を考える

● 本会のパンフレットでは、"建築に関する 学術・技術・芸術の進歩発達をはかり、もって社会に貢献することを目的とする学術団体"という学会紹介がされており、その目的達成のための数ある事業の筆頭に"調査研究の振興"が掲げられている。本会の設立当初は、その"研究"を行う主体が大学であったことは想像に難くない。その後、1950年前後あたりから、ゼネコン内部にも技術研究所が設立されはじめる。ゼネコン技術研究所をはじめとする企業の研究所は、自社の品質の向上や新技術の開発など、自らの実力を高めるための組織として、大学とは異なる立場で研究・開発を行いながら今日に至っている。

● 大学とは異なる立場、とは言うまでもなく、"営利"という宿命を背負った企業の一部門であるということだ。これからつくられる建築物の品質の向上のために研究を行い、その内部に科学的・客観的視点をもつことは、企業としての信頼の獲得につながる(長期的な営利)。また、社会ニーズの変化をいち早くとらえ、研究を通じて新規の技術へと反映させることは、顧客の満足につながる(即応的な営利)。この二つの性格をもつ企業研究所における研究は、社会の要求をいち早く取り込もうとする(だけれども、決して誤った方向には進めない)羅針盤的な性格を持つはずである。

● そこで本特集では、企業研究所における研究を一定の時間的拡がりのなかでとらえることを通じて、これまでの日本社会の建築技術史的・産業史的ダイナミズムの一端を浮かび上がらせることを目指す。また、企業研究所が行っている研究は、その時点での最新の社会動向予測を反映しているはずであり、企業研究所を通じて見えてくるこの社会の未来像を明らかにすることも、本特集の目指すところである。加えて、そもそも技術研究それ自体が、社会の動向を見据えながら社会的な利益の獲得を目指す性格を持っており、これは工学という枠組みにも同様にあてはまる。こうした視点に立てば、企業研究所における技術研究のレビューを通じて、大学に代表される非営利の組織で行われている技術研究・工学研究の課題も見えてくることが期待できる。企業研究所の研究から出発して、技術研究・工学研究の意味を考え、大学における研究との役割の違いを明らかにし、双方の可能性や変革の契機を発見するのが本特集の狙いである。


[満田衛資・門脇耕三・高瀬幸造・永井佑季・藤田慎之輔]

特集40 すばらしき工務店の世界 建設ベンチャー今昔

● わが国の新築住宅の着工数はピーク時の約半数となり、ここ10年ほどは年間90万戸前後を推移してきたが、人口減少と共に着工数はさらに減少していくと予想されている。また、大工の人手不足や高齢化も深刻な状況となっており、今後の住宅産業が抱えている不安要素は多岐にわたる。

● ここで、縮小しつつある住宅産業を誰が担ってきたかを考えてみよう。戸建在来木造住宅に限ってみると、その約半数を中小工務店が供給している現状がある。高度成長期には旺盛な住宅需要に応じるかたちで、多数の工務店が職人をはじめとする個人により設立されたが、これらはある意味では建設系ベンチャー企業の走りだったといえる。また多くの住まい手にとって、地域に根差した工務店は家族の生活の器をつくり、維持していくための貴重な存在である。加えて、増改築や空き家対策が今後の住宅産業の活路として注目されているが、こうした住宅リフォーム事業についても、地場工務店が主な担い手となっている。

● 一方で、「工務店」と日本建築学会などの学術団体との関係は非常に希薄と言える。工務店の経営者や社員は学会で発表されている論文を読む機会はほとんどないだろうし、工務店と協働しながら研究を行っている研究者も非常に少ない。住宅産業界を支える工務店が持っている技術的なノウハウから学ぶべきことは多いはずであるが、研究者がそうした知見を追いかけられていない可能性もある。

● そこで本特集では「すばらしき工務店の世界」と題して、勃興期から現在までの工務店の軌跡を俯瞰するとともに、その未来を支える周辺技術まで見通してみようと考えた。

● まず、東京大学・松村秀一氏には、「工務店とはなんだったのか」をテーマに、これまでの工務店の歴史について解説していただいた。次に「ロマンとしての工務店」というテーマで、工務店の勃興期から現在までを当事者として知る、阿部建設・阿部一雄氏にインタビューを行った。さらに現在の工務店および建設ベンチャーの状況を概観するため、注目すべき取り組みを実践している団体・企業に所属する鎌田紀彦氏・眞木健一氏・今吉義隆氏より、それぞれ論考を寄稿いただくとともに、関連する技術を開発・推進している我妻陽一氏・久保田修司氏にも寄稿いただいた。最後に、工務店事情に詳しい構法研究者の広島大学・角倉英明氏に、本特集の総括となる論考を寄稿いただいた。

● 本特集では、必ずしも既成概念としての住宅産業に捉われない、あるいはとどまらないで進化していく工務店の世界についての展望を得ることで、日本の建築界の未来を新しい側面から考えるきっかけとなることを期待したい。


[高瀬幸造・門脇耕三・井本佐保里・三井祐介・権藤智之(編集協力)]

[目次]

002

特集39 社会の羅針盤としての企業研究所─技術研究の意味を考える
Research & Development Institutes Belong to Enterprises as a Guidepost for Society - Significance of Technical Research

003インタビュー1
大学の役割、企業研究所の役割
高田毅士×中村尚弘|聞き手:満田衛資+永井佑季+藤田慎之輔
006インタビュー2
研究と営利活動の両立─
企業研究所の意義と活動
東野雅彦|聞き手:満田衛資+永井佑季
008スーパー技術ノート1
美観と使用性に優れる
建築物を実現する
収縮ひび割れ制御技術の開発
閑田徹志
009スーパー技術ノート2
空気と向き合う
ある企業研究員のはなし|山田容子
010スーパー技術ノート3
ゼネコン研究所における
風・地盤分野の研究開発事例
吉川優/船原英樹
011こんな場所から凄い〇〇
東京スカイツリー建設時における
雷警報システムの取り組み|笠井泰彰
012論考1
空想を、ともに現実へ
前田建設工業ICI総合センター|小原孝之
013論考2
パッシブタウンと
世界のR&Dセンターの取り組み|八木繁和
014論考3
ダイキン工業テクノロジー・
イノベーションセンターにおける
協創を促進する場づくり|花田卓弥
015まとめ
みずみずしい建築研究の確保─
大学と企業の垣根を越えて|中島正愛

016

特集40 すばらしき工務店の世界 建設ベンチャー今昔
Wonderful World of Japanese Home Builders - Construction Ventures Now and in the Past

017論考1
工務店とは何者だったのか
松村秀一
019インタビュー
地域工務店としての価値を創る
阿部一雄
021論考2
工務店・設計事務所とともに
快適・省エネ住宅の開発・普及に
取り組んできた30年間の
新住協の経緯と今後の課題
鎌田紀彦
023論考3
「商品住宅」を共有し、
工務店のこれからを盛り上げていく
眞木健一
025論考4
BIM化と工務店
今吉義隆
027論考5
ITの力で建設現場の
働き方を革新する
我妻陽一
028論考6
建材選択webサービス
構築の取り組み
久保田修司
029まとめ
分水嶺に立つ工務店と
代表者の舵取り
角倉英明

連載

建築漫画
000第20回
令和工務店のおしごと
木下いたる

技術ノート 第14回
030ヨシの新たな活用法の開発─
構造技術を生かした教育・地域貢献の模索
永井拓生

学会発 第19回
031改正建築士法施行に向けた
建築士資格制度検討小委員会の取り組み
田中友章

#建築雑誌 第20回
032教育とはなにか?
栗生明
032編集後記
会誌編集委員