2019-9月号 SEPTEMBER
特集41 建築の公共性
● 本特集では、建築を取り巻く社会、具体的には利用者・住民や、メディア上の世論について焦点を合あわせ、建築をつくり・使っていく際の、価値判断の所在について議論したい。すなわち、建築は誰のためのものなのかという建築の公共性をテーマとする。
● 政治理論を専門とする齋藤純一氏によれば、「公共性」という概念が用いられる際の意味合いとしては、大別して「official(公的な)」「common(共通の)」「open(開かれた)」という3つの用法がある(齋藤純一『公共性』、岩波書店、2000)。1つ目は、国家や行政などの公的な行為・組織を意味する。2つ目は、すべての人々に共通する利益・財産、関心事などを指す。また3つ目は、誰もがアクセスし、利用できる状態・対象を指している。上述した「建築は誰のためのものなのか」という問題について考える際にも、公共的な価値を判断するうえで、行政・地元住民・直接の利用者など多様な主体の多様な利害・関心が関連するため、公共性に付随するこうした意味合いの差異は極めて重要な観点となる。また、ここに、「professional(専門性)」という視点がどのように関与すればよいか、という問題も加わるだろう。時に、「public」「common」「open」「professional」は価値判断において対立する場合がある。これらをどう調停するかが大きな問題となる。
● とりわけ、現在では、情報技術の支援により、多数の人々が自由に意見を発露できる時代となったことで、上述した「open」の視点が極めて重要となる。情報空間において匿名・顕名を含めた多数の人々が自由に意見を表明できることは、肯定されるべき状況である一方で、時に「炎上」と呼ばれるような、非難・中傷が激化する事態を招くことがある。また、このような賛否含めた意見が大量に取り交わされることに伴い、新国立競技場のプロポーザルの事例のように公的な決定を覆えす事態も引き起こされている。こうした状況は、民主的な側面がある一方で、ポピュリズムに陥るリスクも孕んでいる。
● このような問題について、2019年3月28日に山本理顕氏の発案によって開催された「建築の公共性」シンポジウムにおいては、山本氏や憲法学者の木村草太氏がこれまで積み重ねてきた議論において、評判リスクを恐れるあまり行政などからなる「事務局」が肥大化し、設計者や研究者などからなる「専門家」が排除される問題について「建築空間化(Materialization)」のプロセスの意義が図式として示された。そこで、本特集においてもこの山本図式をもとに、建築の専門家の役割とその可能性について検討したい。
● 上記の趣旨のもと、本特集は以下のように構成される。まず「建築の公共性」シンポジウムの議論の継続として、シンポジウムの参加者による以下の3つの記事を掲載する。1つ目は、山本理顕氏・赤松佳珠子氏・木村草太氏による座談会である。ここでは、シンポジウムで提示された山本図式をふまえながら、建築の公共性を考えるうえでの専門家のあり方について議論を深めていただく。2つ目の塚本由晴氏のインタビューでは、限られたメンバーシップによる「共」の空間で共有されていた価値を開こうとした際にリスク管理への負担が増え結果として空間そのものが閉じてしまうという、公共空間のジレンマに関するご見解をご提示いたただく。また、3つ目の北山恒氏の論考では、地域社会そのものを発注者とするオルタナティブな可能性についてご示唆をいただく。
● 続いて、シンポジウムにおける議論を補足・発展させるべく、以下のインタビューを行う。まず加島卓氏のインタビューでは、加島氏による社会学の見地からの2020年東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムに関する研究成果を踏まえながら、公共性・創造性・大衆性の関係についてご意見をうかがう。さらに中国経済をご専門とする梶谷懐氏のインタビューでは、中国において萌芽しつつある情報技術を援用した新しい公共性のあり方についての議論をうかがう。また中国を拠点に欧米各国でのプロジェクトを手がける早野洋介氏(MAD Architects)へのインタビューでは、これまでのプロジェクト事例をもとに海外において「建築の公共性」を獲得する仕組みについてうかがう。
● 以上の考察を通して、現代における「建築の公共性」を考えるうえでの課題や日本社会の特殊性を浮かび上がらせたい。
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[藤村龍至・吉本憲生・中島弘貴・市川綋司]
特集42 個と集団の創造性 組織と方法の設計
● 目の前に存在しない空間のイメージを頭の中で膨らませ、さまざまな技術と経験を駆使しながら新しい建築を生み出す建築家の職能は、数ある職種のなかでも最も高い創造性が求められるプロフェッションの一つとして挙げられるだろう。また、より良い建築を生み出す創造性は優れた建築家の頭脳に潜む神秘に包まれた能力として捉えられてきた。
● しかし、建築設計が扱う対象が複雑化する現代においては、優れた建築家個人の能力が注目を集める一方で、異なる知識と経験を持った他者と手を結び、一人では解けない困難な問題に立ち向かうコラボレーションを実践する建築家の像も日常的になりつつある。そこで発揮される創造性をこれまでのような人間個人の知の営みとして理解することは難しく、創造の対象となるモノやコトを生み出すプロセスだけでなく、そのプロセスを共有する設計主体のコレクティビティをうまく構築することで、集団による創造性をいかに発揮できるかが重要な論点となってくるだろう。
● 本特集では、建築設計における多主体の協同による創造のプロセスに焦点をあて、設計プロセスに関わる多種多様な人々が対話を重ねるための設計の組織やチーム、コミュニティがいかに設計者らによって構築され、それらがより良い建築の実現へと結実しているのかという、コレクティブな創造の場のデザインのあり方を探りたい。まずは人材開発や組織論を専門とされる中原淳氏に本特集での議論のフレームワークとなる組織や集団と創造性の関係についてうかがう。次に多くの人材を世に輩出する組織には、強いリーダーシップを育む土壌が備わっているのではないか、という仮説のもと、佐々木睦朗構造計画研究所、隈研吾建築都市設計事務所、日建設計の三社の現社員とOBの方々に登壇いただき、それぞれの設計組織の仕組みや方法をテーマとする座談会を行う。続いて、建築創造の主体を専門家としての設計者から市民やユーザーといった非専門家へと広げて想定したとき、どのようにして集団による創造、すなわち協創に導くことができるのか、ワークショップデザインを専門とする安斎勇樹氏にお話をうかがう。最後に、早くからパートナー制を事務所運営に取り入れたオンデザインの代表である西田司氏、OGの中川エリカ氏、現スタッフの萬玉直子氏と、前述の中原氏に登壇いただき、自律分散型の組織マネジメントについて議論していただく。
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[酒谷粋将・稲垣淳哉・水谷元]
[目次]
002 |
特集41 建築の公共性
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003 | 座談会 建築の手続きを法律化する 山本理顕×赤松佳珠子×木村草太 聞き手:藤村龍至+吉本憲生 |
007 | インタビュー1 エンブレム問題から考える 建築の公共性と創造性 加島卓 聞き手:市川紘司+中島弘貴+藤村龍至+吉本憲生 |
009 | インタビュー2 儒教的思想と情報技術の ハイブリッドによる公共性 梶谷懐 聞き手:市川紘司+吉本憲生+中島弘貴 |
010 | インタビュー3 中国とアメリカから公共性を考える 早野洋介 聞き手:市川紘司+吉本憲生 |
011 | インタビュー4 計画に潜む公共の想定の問い直し 塚本由晴 |
013 | 論考 革命はすでに始まっている 北山恒 |
014 |
特集42 個と集団の創造性 組織と方法の設計
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015 | インタビュー1 集団によって発揮される創造性 中原淳 聞き手:藤村龍至+稲垣淳哉+酒谷粋将 |
016 | 座談会1 人材を輩出する組織を読み解く 多田脩二×犬飼基史×佐野哲史×名城俊樹× 安藤顕祐×角田大輔 聞き手:稲垣淳哉+水谷元+酒谷粋将 |
020 | インタビュー2 「問い」と「遊び」のデザイン 安斎勇樹 聞き手:藤村龍至 |
022 | 座談会2 設計組織のシェアード・リーダーシップ 中原淳×西田司×中川エリカ×萬玉直子 聞き手:藤村龍至+稲垣淳哉+酒谷粋将 |
000 | 第21回 Collective Circuit Text5 |
024 | リカレント生にも開かれた、社会のリアルと建築の楽しさを伝える学校 ─大阪工業技術専門学校 岸上純子 |
026 | 社会の信頼に応える設計者・施工者の選定方式を 古谷誠章 |
027 | 未来につながる風景を創る─佐原伝統的建造物群保存地区 郡 裕美 |
028 | 工学が建築市場をつくり出す仕組みを見直そう 長谷見雄二 |
028 | 編集後記 会誌編集委員 |