2019-12月号 DECEMBER
特集47 産学連携のジレンマ
研究と実務のあわいで学ぶ
● 実学である建築学における教育は、実務と連動することが望ましい。また研究についても、実務や実践と何らかの関わりを持つべきとする考え方は根強い。
● 一方、教育・研究と実務のあいだの線引きは明確にすべしとの声が、大学全体に対して高まっていることも事実である。
● 教育と実務の線引きをめぐっては、労働報酬に対する考え方が厳格化していることが背景にある。報酬を伴わないインターンシップなどを、教育の名を借りた労働力の搾取であるとする論調である。しかし「就労体験」と「労働」の境界を一概に定めることは困難であり、就労体験から労働の側面を排除しようとすると、その内実は「見学」などと近いものにならざるを得ない。すなわち、本来の目的であったはずの「実務と連動した教育」が有名無実化する懸念がある。
● 研究と実務の線引きをめぐっては、産学連携の諸制度が整いつつある中で、利益相反行為の予防意識が高まっていることが背景にある。大学をはじめとするすべての高等教育機関は、公的な支援を直接的あるいは間接的に受けており、そこでの実利の追求は、大学などの公益的な性格とはそぐわない。しかし行き過ぎた規制は、研究者と実務者の両面を備えた教員の任用を困難にする。現役の実務者ではなく、実業を退いた実務者を教員として任用しようとする一部の動きは、厳格化する制度下における妥協策に過ぎない。
● また、現在進められつつある教育・研究と実務の線引きの明確化は、研究室制度を基盤とする建築系学科のあり方にも再考を促すと考えられる。研究室は専門特化型の人材を効率よく育成するシステムであるが、その反面、教育が特定の専門性のみに偏るきらいがある。そのため、総合性を重視する設計系の研究室などにおいては、行き過ぎた専門特化の均衡回復の意味合いもかねて、研究室内で実務を行う慣習が少なからず存在した。しかし上述したような昨今の情勢から、研究室という閉じた組織で実務を行うことの困難は近年増してきている。専門特化型の人材だけが求められているわけではない社会的状況も鑑みれば、研究室制度自体にも見直しが必要であろう。
● 以上を踏まえた上で、この特集では、実務研修が不可欠な建築分野における産と学の望ましい関係を、教育の視点を交えながら考えたい。
● 本特集は、以下の三つのパートから構成されている。
● 第一のパートは、いわば基礎編であり、ここで論点整理を行う。石川正俊氏へのインタビューでは、利益相反および学びと労働の境界についての考え方を明確にし、吉村靖孝氏の論考では、建築実務者教育をめぐるアカデミズムと産業界の構造的課題を無給インターン問題を通じてあぶり出し、倉方俊輔氏の論考では、建築アカデミズムにおける人材育成の一般的モデルである研究室を歴史的に俯瞰する。
● 第二のパートは実践編であり、4つの特徴的な取り組みをケーススタディとして紹介する。4者はバラバラに見えるかもしれないが、このパートには、日本型と海外型、研究重点型と教育重点型、研究室型とプロジェクトチーム型などなど、さまざまな対比の構造が織り込まれている。この構造を意識すれば、より効果的に産学連携のヒントを紡ぎ出すことができるだろう。
● 第三のパートは総括編であり、各分野の識者を招いた座談会を通じて、これからの建築界が取り組むべき課題を明確化した。最終的には、よりなめらかな産と学の関係を築くために、学会が取るべき短期的な戦略と中長期的な戦略を提案するに至っている。
● 最後に。本特集で扱った「産学連携」というテーマには、「研究と実践のあいだで揺れ動く建築アカデミズム」という構図が潜んでいる。すでにお気付きかもしれないが、ここ2年間の『建築雑誌』において、かたちを変えながら何度もリフレインされてきた構図である。しかし本特集には、「学び」という視点が加わっていることに注意を促したい。相反するものごとの調停に必要なのは、二者択一の姿勢ではなく、両者を俯瞰する第三の視点にほかならない。「学び」の視点は、その意味でも実学たる建築学に欠かせないものなのである。
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[藤村龍至・門脇耕三・杉田宗・高瀬幸造・満田衛資・山崎泰寛・香月歩]
特集48 建築をめぐる学びのキャリアデザイン
研究・人生・哲学
●2年間の編集テーマを「建築と学び」と決めたとき、編集委員会のねらいは、教え・育てるという教育行為よりも、学ぶ側にスポットを当てることにあった。故に2年間を通じて、建築をどのように学ぶのかというよりも、建築から何を学べるのかという構えを問題にしてきたのである。学びとは専門知を新しい技術や思想を習得するための目的的な行為である以上に、その技術や思想の新しさは何かと問う、自らに変化をもたらす自律的な行為にこそ本質があるのではないだろうか。そしてその行為は〈卒業〉や〈修了〉といった制度的な節目で区切れるものではなく、不断の営みとして捉えられないだろうか。
●翻って建築界における大学院の現状を考えてみると、いわゆる社会人大学院生の存在が当たり前の風景になりつつある。文部科学省の学校基本調査によると、興味深い現象が浮かび上がってくる。修士課程修了後すぐに博士課程に進学するものの割合は2012年度(平成24)以後10%を割っているが(2018年度は9.3%)、博士課程の入学者総数における社会人経験者の人数は右肩上がりで伸び続けている。2018年度(平成30年度)における博士課程全入学者数14,903人中、社会人経験者は6,368人にのぼり、実に42.7%を占めている。修士課程を見ても、2000年度(平成12年)以降は入学者数のほぼ10%は社会人経験者だ。つまり、ある学修の段階を〈卒業〉したり、〈修了〉したりすることが一時的なステップにすぎず、学修後に即就職する単線的な進路ではなく、働きながら学ぶことと、学びながら働くことの両輪で描かれる複層的な経験が、アカデミアに蓄積されつつあるのである。彼ら/彼女らは実務と研究の創造的な融合故の成果の担い手であるとともに、教育者としてさらに次世代の知を喚起する立場となっていくだろう。さらに、旧弊的な教育・研究組織を強く揺さぶる存在となるに違いない。
●そこで本特集では、さまざまな場面で設計の実務を経験した研究者を中心に、座談会と論考を集めた。実務経験を経たからこそ気付けた研究テーマがあり、探求する方法を編み出せた論者がいれば、経験を活用するための新たな機会と位置づけた論者もいる。ワーク・ライフ・バランスのなかで研究プロセスを開拓した論者の存在に勇気付けられる読者もいるかもしれない。最後に掲載したインタビューでは研究の種を蓄積する編集的方法論が語られており、これもまた新しい知に遭遇する機会を捉えて離さない自己のあり方を鋭く問うものである。
●「自然は子どもが大人になる前に子どもであることを望んでいる」(『エミール』上、p.125、岩波文庫)。これは哲学者ジャン・ジャック・ルソーの言葉である。彼は、人間は理性を獲得し、その理性によってほかの能力を発達させようとするのに、社会が既存の理性を押し付けて教育を施すことは自然ではないと批判した。学びには時間がかかるという主張でもある。むろん現実的には、現代の高等教育にそのまま当てはめようとしても意味がない。しかし、すでに大人になった私たちが新たな知見を求め、自律的な学びに開かれた自己でいることは可能だろう。そのような、未知なる事象を求める態度と実践の絶え間ない往復を学びと呼ぶとき、建築を究める旅が初めて始まるのではないだろうか。
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[藤村龍至・山崎泰寛・満田衛資・門脇耕三・高瀬幸造・香月歩・三宅拓也]
[目次]
002 |
特集47 産学連携のジレンマ
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003 | インタビュー 絶対におさえておくべき 産学連携の基礎知識 石川正俊|聞き手:門脇耕三+高瀬幸造+香月歩 |
006 | 論考|1 アンペイド・インターンシップの行方 吉村靖孝 |
008 | 論考|2 「研究室」概念の歴史と未来 倉方俊輔 |
012 | ケーススタディ|1 産学連携の取り組み: 産業界と学術界の橋渡しと社会貢献 高橋治 |
014 | ケーススタディ|2 ものづくりを教育に組み込む ─ものつくり大学の実践から 戸田都生男 |
016 | ケーススタディ|3 シンガポールにおける 持続可能な熱帯建築の研究開発 奥田真也 |
018 | ケーススタディ|4 「ビジョン・ドリブン」のラボ運営のもと、 教育・研究・産学連携を緩やかに束ねる 田中浩也 |
020 | 座談会 産学連携の望ましいあり方とは? 業務性と教育性の関係をめぐって 篠原聡子×竹内徹×古谷誠章×山梨知彦×藤村龍至 司会:門脇耕三 |
025 |
特集48 建築をめぐる学びのキャリアデザイン
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026 | 座談会 実務と研究の融合から得られるもの 川島範久×金野千恵×伏見唯×古澤大輔 聞き手:門脇耕三+高瀬幸造+満田衛資+山崎泰寛 |
030 | ケーススタディ|1 人が暮らす地域のために 窪田亜矢 |
031 | ケーススタディ|2 研究と学びの狭間 芹川真緒 |
032 | ケーススタディ|3 こどもを軸に学び続ける ─設計/研究/行政/子育て/教育 仲綾子 |
033 | ケーススタディ|4 設計の実務から学位へ 森本修弥 |
034 | ケーススタディ|5 デザインで博士号を取る、 という選択肢 田中智之 |
035 | ケーススタディ|6 学びの機微 中川純 |
036 | インタビュー 享楽的こだわりへ至るための学び 千葉雅也|聞き手:藤村龍至+門脇耕三+山崎泰寛+満田衛資 |
000 | 第24回 We're still learning Hogalee |
039 | 『建築雑誌』編集からの学び 藤村龍至 |
042 | エキゾチシズムを超えて 支小 |
042 | 名無しの落書きの群れ 殿前莉世 |
043 | アリの目/タカの目 平井未央 |
043 | 選ぶ身体と選ばれる世界 福留愛 |
044 | 学生が常に提案の主体であり続けること─ 中山英之 東京藝術大学美術学部建築科の教育について |
046 | 高流動化・多文化共生の願望と現実 瀬田史彦 |
046 | 編集後記 会誌編集委員 |
047 | 『建築雑誌』2018-2019からの学び 会誌編集委員 |