2020-1月号 JANUARY
特集01 レジリエント建築社会の到来
レジリエンスという言葉が学術、科学・技術、政策、産業・ビジネスの各分野において重要なキーワードになっている。『建築雑誌』では東日本大震災1周年の2012年3月にレジリエント・ソサエティを特集テーマとして取り上げ、震災から1年を経ての地域再生の姿やレジリエンスからみた災害復興の諸相について議論を行っている。2021年に東日本大震災から10年を迎えようとしている現在、さまざまな研究や実践を通じてより具体的にレジリエンスを議論できる段階になっている。建築学に関連する領域において、レジリエンスをどのような姿として捉えることができるのか、またどのようにレジリエンスを高めることができるのか、そしてレジリエンスをどのように評価することができるのだろうか。さらに私たちがレジリエンスが実際に向上していることを確かめることや、レジリエンスを実感するということは可能なのだろうか。またそのためにはどのような工夫が必要だろうか。今回特集テーマとして取り上げることで現在の状況を確認し、今後に向けた議論を深めるきっかけとなればと考え企画を行った。また、レジリエンスは専門的な用語でもあり、必ずしも一般的にわかりやすい言葉ではないため、社会の中でそのエッセンスを共有するために継続的に情報発信を行っていくことは学会の大切な役割であると考えている。
まず、多発する自然災害に関しては、気候変動の影響や、巨大化・複合化への対応の必要性を含め、より一層難しい対応を迫られている。持ちうる英知を結集し、私たちの命と生活を守ることが最重要課題である。さらに、現代社会はVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとって「VUCA」の時代と表現されることがあるように、先を見通すことがますます困難な時代となっている。災害(自然災害、人為的災害)、気候変動、政治・経済や国際情勢、社会環境の変化(人口減少、少子高齢化など)、技術革新(AIやIoTなどの急速な進展)など、不安定で変化の激しい多様な要因が複雑に絡み合い、意思決定者がコントロールしきれないさまざまな不確実性が存在する。個人にとっても組織にとっても、難局を乗り越えて成長を続けていくために、また社会的な役割・責任を果たし続けるためには、生活や事業の継続や持続可能性を脅かす危機事象と真剣に向き合うことが不可欠である。こうした時代に対応したレジリエントな建築や都市のあり方とはどのようなものになるだろうか。レジリエンスとは、環境の変化や困難な状況に直面した際にも、難局を切り抜けて生き残り、回復することのできる能力と考えることができる。さらには、逆境や試練を克服することで進化・深化し、適応し、成長する能力であり、システムが新しい均衡点と発展に向けて動いていくしなやかな強さを意味する言葉として捉えることができる。レジリエンスに関連する論点は多岐にわたるが、今回の特集号では以下のような視点で、技術的側面、歴史的側面、文化的側面、社会的側面から、建築や地域、都市のレジリエンスを総合的に考察できればと考えている。
・レジリエンスは社会にとって重要な概念であり、長い時を経て持続するシステムに共通の原理や合理性として理解する必要があるのではないだろうか。さまざまな試練を乗り越えるための要件とは何であるか、時間の概念も含めながら、人類や社会にとってのレジリエンスを考察する。
・想定外への対応や動的な挙動の扱い、設計与条件の設定や合意形成の手法など、不確実性の高い社会におけるこれからのエンジニアリングのあり方を、工学各分野に共通する新しい方法論としてより明確にし、共有する必要があるのではないだろうか。
・災害時にも社会的な役割や重要機能を維持継続することのできる建築・都市をどのように実現することができるだろうか。災害に対してレジリエントな建築・都市をどのように評価できるだろうか。また、災害に対するレジリエンスを高めるためには、これまでの災害から学び教訓を活かすことが重要であるが、そのことに十分取り組めているだろうか。
本特集では、建築学以外の学術分野、工学の他領域を含め、レジリエンスをキーワードとした論考を幅広くお寄せいただき、レジリエンスという視点で社会を眺めたときに浮かび上がるさまざまな動向を共有し今後を展望できればと考えている。また、今回の特集を通じて得られた論点をさらに深掘りするかたちで今後も関連する特集テーマを設定し、『建築雑誌』にて継続的にレジリエンスの実践に向けた議論を行っていきたいと考えている。
[高口洋人・増田幸宏]
[目次]
000 | はじめに 創造的かつ破壊的成長を可能とする "建築×テック"連載に向けて 板谷敏正+安井謙介 |
002 | 年頭所感 若手人材教育とレジリエント建築の 創造に向けて 竹脇出 |
004 | 編集委員会委員 抱負 |
006 | 編集方針 新たな社会課題に対応し建築学を 拡張する 高口洋人 |
007 | 特集01 レジリエント建築社会の到来 |
010 | 座談 実践的なレジリエント建築社会の実現に向けて 竹脇出×香坂玲×林春男 |
016 | 論考1 レジリエンスの過去・現在・未来: 人類史的視点によるアプローチ 奈良由美子 |
020 | 論考2 システム安全とレジリエンス工学 古田一雄 |
024 | 論考3 しなやかな建築を目指して― 建築は「レジリエンス」とどう対峙するのか 牧紀男 |
028 | 論考4 レジリエンスに先立つもの― 1933年の吉里吉里 岡村健太郎 |
032 | 論考5 京都発!レジリエンスとSDGsの融合 ―都市の持続可能性に向けて 藤田裕之 |
036 | フランスの建築・ 都市コレクティブにおける経験―パリ20区における 都市デザインとレジリエンス 川口翔平 |
037 | 豪州の設計業務 細分化にみる変化に強い「個」と「組織」 後藤悠 |
038 | 生態系の一部になれるなら、 そこは楽園となるだろう。 藤野高志 |
039 | 建築の |
040 | 工学院大学建築学部 建築学科の「建築演習」について 山下哲郎 |
042 | 連載開始に寄せて 吉村靖孝 |
043 | 子ども教育支援建築会議 伊藤泰彦 |
044 | 「素材・材料、 経年劣化・美化」について 山崎真理子 |
045 | 100年後も読み返せる 誌面を、紙とウェブの連動で 青井哲人×高口洋人 聞き手:小見山陽介 |
046 | 非日常性を日常化する ―レジリエンスの4層構造 難波和彦 |
048 | 特集を読んで 実務と研究と教育を通して学ぶ建築 古谷誠章 |