写真:津田直、パリのノートルダム大聖堂

2020-3月号 MARCH

特集= 03 歴史の効用


03 Use of History

 

特集03 歴史の効用

この特集は、タイトルから想起されがちな、建築史学の要・不要を問うものではない。建築史学が、社会の役に立つか否かを問うわけでもない。
さらにいえば、本特集は「建築史の特集」ですらない。

成熟時代を迎えた建築学

日本の建築学は、19世紀末以来の130年を超える歴史のなかで、少なくとも建物を建設するコアになる技術の面で、概ね完成・成熟の段階に至っているといえそうだ。近年の建築学は、そうした建物の核となる技術開発よりも、より多様で繊細な技術開発へと向かっているように思われる。
 こうした潮流のなかで、建築の各専門分野の成熟した「学」の領域は、それぞれに自らの歴史に目を向けはじめた。各分野における歴史に対する関心は、建物のリノベーションやコンバージョン、あるいは建物の長期運用におけるマネジメントとも深く関わっている。本特集のなかでは、いわゆる建築歴史・意匠の専門家ばかりでなく、計画、構造、設備、構法、材料などの多様な専門分野から「歴史の効用」、換言すれば《How to use History》を論じていただく。

危機の時代、社会変動の時代、終わりゆく近代

高口洋人委員長体制によって2020年1月から始まった会誌編集委員会の大テーマは「レジリエンス」である。レジリエンスが、建築学会の会誌の大テーマとなりうるのは、私たちが危機の時代に対峙しているからであろう。気候変動、日本における人口減少など、私たちはこれまで経験したことのなかった大規模な変化に直面しはじめている。
 私たちは、20世紀を通じて建築や都市を建設する技術を高めてきた。ところが、想定外の災害によって、成熟したはずの技術が大きな被害を受けるのを目の当たりにして、いま私たちは、レジリエンスの重要性という認識を新たにしている。
 圧倒的な変化の時代に翻弄される私たちが、変化のただ中からは見えないものが、俯瞰的で歴史的な視野に立てば、見えてくるにちがいない。

建築学における「歴史の効用」

〈成熟段階に達した建築学〉という視点と、〈危機の時代の建築学〉という視点は、それぞれ互いに独立した側面である。だが2つの側面が現代社会のなかで偶然にも重なりあったことによって、私たちはますます、研究面においても教育面においても、これまでとは根本的に異なる新たな建築学のあり方を模索するようになっている。そこにこそ「歴史の効用」があるはずだ。

以上のような観点から、本特集は以下のような構成をとった。お楽しみいただければ幸いである。
第1部:建築史・設計から見た「歴史の効用」(3ページ)
第2部:エンジニアリングから見た「歴史の効用」(24ページ)
第3部:「歴史の効用」の最先端(32ページ)

[加藤耕一・難波和彦・浜田英明]

[目次]

建築×テック 03
000AI(人工知能)が拓く
建築設計 板谷敏正
002

特集03 歴史の効用
Use of History

第1部:建築史・設計から見た「歴史の効用」
003座談
歴史家に聞く「歴史の効用」
青井哲人×中谷礼仁×加藤耕一 司会:難波和彦
008論考1
ルネサンスのメディア革命と
建築創作をめぐる諸テーマ 桑木野幸司
012論考2
それでも歴史は建築学を動かす 横手義洋
016論考3
建築教育と建築史学の歴史と経緯 土居義岳
018論考4
歴史の使い方 坂牛卓
020論考5
大量情報時代の参照行為について 岩元真明
022論考6
住宅計画研究のフィードバックサイクル 
大月敏雄

第2部:エンジニアリングから見た「歴史の効用」
024論考7
建築構造における歴史の効用 浜田英明
026論考8
構法と歴史の効用 権藤智之
028論考9
人へつながる建築 富樫英介
030論考10
建築材料分野での研究における歴史的効用
―高層ビル・集合住宅の歴史から材料学を
考察する 北垣亮馬

第3部:「歴史の効用」の最先端
032論考11
歴史の〇〇れいわ―ラスキンの祝いにかえて 江本弘
033論考12
革命と模倣、遺ること
―リノベーションと歴史の効用 三井嶺
034論考13
アーカイブズにおける
「歴史の効用」を考える 藤本貴子
035論考14
都市空間をつくらふこと 髙橋元貴
036論考15
"デジタル"のための歴史
―投機的な未来を追い払う 中村健太郎

動いている建築 02
037見えない動作を形に
するために生活すること 香川貴範

海外で働く、海外で学ぶ 05
038チャンディガールから始める 大野隆司

海外で働く、海外で学ぶ 06
039信号無視とアルプス山脈 國清尚之

歴史的建造物にみる建築の拡張と縮退 02
040建物の
拡大が語る歴史―旧長谷川治兵衛家(松阪市) 海野聡

ポスト・アルベルティ・パラダイムの建築表現 02
041「タナパー」の5原則 田中智之

連載 建築をひろげる教育のいま 03
042建築設計×
環境シミュレーション―新しい職能への挑戦 谷口景一朗

連載 学会発 02
044建築教育委員会―建てない
時代の建築教育、そしてこれから 平田京子

素材・材料、経年劣化・美化 02
045材料と建物の環境性能 鷹野敦

特集をめぐって 03
046建築学科は、
なぜ工学部にあるのか? 難波和彦

建築討論アフタートーク 03
048ノイズを含んだ
リソースを次代に申し送る 山田憲明