写真:津田直、渋谷中心部から代々木公園方面を俯瞰した風景
撮影協力:SHIBUYA SKY
2020-5月号 MAY
特集05 社会のマテリアライゼーション
―建築の社会的構築力
建築には社会を構築する力があるだろうか。これが本特集でとり挙げるテーマである。
社会学は人間の社会活動を研究する学問として生まれた。しかしながら、社会活動が建築や都市という物理的な環境において展開しているにもかかわらず、これまでの社会学は社会活動と都市や建築との関係を主要なテーマとしてとり挙げてこなかった。最近になって、ようやく人文地理学や歴史学が社会活動の地域的、空間的な条件を考慮に入れるようになり、社会学も社会活動における空間的な条件に注目するようになっている。
建築や都市は、人間の社会活動の要求に応えるべき存在だと考えられている。まず、社会が先に存在し、建築や都市は社会の要求に合わせて建設されるべきだという考え方が一般的である。そのような考え方を前提にして、社会活動を研究する社会学は、社会の要求を明らかにし、それにもとづいて建築や都市のあるべき姿を示す学問だと考えられている。
しかし本当にそうだろうか。
ここには、二つの問題が潜んでいるように思われる。
ひとつは理論的な問題である。社会活動は常に建築や都市という物理的環境の中で展開している。社会活動は物理的環境なしには存在しない。社会活動はなんらかのかたちで物理的環境によって条件づけられているはずである。だとすれば、社会活動と物理的環境は一組のセットとして考えられるべきではないだろうか。社会活動だけに注目し、物理的環境の条件を考慮しないこれまでの社会学は、建築学の立場から見る限り、社会の状況を的確に把握していないように思えないだろうか。
もうひとつは実践的な問題である。社会学は既に存在する建築や都市における社会活動を調査し、そこに潜む問題を明らかにし、それにもとづいて建築や都市のプログラムを提案しようとする。そこから抽出される問題は、当然ながら既存の物理的環境によって条件づけられている。だとすれば、そこで導き出される要求からは、新しい物理的環境の提案は生まれないように思えないだろうか。
新しい社会のあり方は、新しい都市や建築のあり方とともに提案されるべきではないか。新しい社会的プログラムは、具体的な建築・都市として提案されることによって、初めて目に見える形になり、人々の共有が可能になるのではないか。そのようなプロセスを、思想家のハンナ・アーレントに倣って「社会のマテリアライゼーション(物化)」と呼んでもいいだろう。
以上のような考え方にもとづき、本特集では、社会から建築へという回路に、建築から社会へというフィードバック回路を加えた循環回路の可能性について、さまざまな視点から検証してみたい。
[長澤夏子・川島範久・國廣純子・能作文徳・宮原真美子・難波和彦]
[目次]
000 | ビッグデータとAIの共創で 建物・街区の不動産価値を評価 板谷敏正 |
002 | 特集05 社会のマテリアライゼーション ―建築の社会的構築力 |
003 | 座談1 アクター・ネットワークは建築に適用できるか ―ノンモダニズムの観点からデザインを考える 久保明教×川島範久×長澤夏子×能作文徳×宮原真美子×難波和彦 |
008 | 論考1 建築・都市デザインによる社会システムの 構築の可能性 門内輝行 |
012 | 取材1 事物と場所の公共性 齋藤純一 |
016 | 取材2 教育と教育の空間の対応 佐藤学 |
020 | 取材3 社会学の空間論的転回とマテリアリティ 南後由和 |
024 | 論考2 「みんなの空間」が、公共空間を葬り去る 岡部明子 |
028 | 座談2 建築空間と社会学 山本理顕×川島範久×國廣純子× 中川純×長澤夏子×宮原真美子×難波和彦 |
034 | アレグザンダー再発見 難波和彦 |
036 | 建築と不動産の領域横断 上田真路 |
037 | 都市史から 考える「建築の拡張と縮退」 髙橋元貴 |
038 | 大阪工業大学 建築学科の「PBL教育」について 寺地洋之+河野良坪 |
040 | フィクションとしての建築 大野友資 |
041 | 災害委員会市民講座WGの活動 村上正浩 |
042 | 能動的ふるまいと 空間への定着 中島伸×宮原真美子 |