写真:津田直、ガラス質の鱗片に覆われた有殻アメーバ
(ポーリネラ)の走査型
撮影協力:筑波大学生命環境系 野村真未特任助教
2020-6月号 JUNE
特集06 建築と生物学の接点 ―多目的最適化をめざして
生物は、生存と種の繁栄のために光・水・重力といった複数の環境条件のなかでバランスをとり、ダイナミックな状態で存在している。換言すれば、生物はひとつの目的に従って完全な解を求めるのではなく、多目的の最適化を行っており、そこから多種多様な形態や生存戦略が生まれている。このような生物に見いだされる特徴は古今東西の建築に影響を与えてきた。近代以降だけを見ても、アール・ヌーヴォーにおける動植物の装飾的応用、パトリック・ゲデスやメタボリストによる生物学的都市論、フライ・オットーによる生物構造の探求など、さまざまな生物の解釈が建築・都市の新たな地平を切り開いてきた。
デジタル技術が発展した今日、建築と生物学の関係は新たな段階に達しつつあるように思われる。両分野の専門家たちはコンピュータ・アルゴリズムを共通言語としてダイレクトな交流を開始している。多目的最適化を行う高度なコンピュテーショナル・デザインと、複雑な形態の施工を可能とするデジタル・ファブリケーションは、かつてない方法で建築と生物学をつなげる可能性を秘めている。多目的最適化の解はひとつではなく、無数に存在する。生物が見せる驚くべき多様性のなかにはデザインにおいて望ましい優良解を決定するヒントが潜んでいるように思われる。
本特集では、近現代における建築と生物学の接点を整理し、形態・構造・施工に主に着目してその行方について考えたい。第1部「建築と生物学の接点」では、近代以降の建築と生物学の関係を歴史的に掘り下げた上で、現代日本における建築学者と植物生理学者の協働を中心に、両分野が交差する状況を検証する。第2部「デジタルターン以後の生物学的建築」では、コンピュテーショナル・デザインとデジタル・ファブリケーションを駆使して生物から新しいデザインを引き出そうとする理論と実践を取り上げる。生物のしなやかさ、したたかさに着目したアプローチは、レジリエントな建築のあり方を垣間見せてくれるだろう。
[岩元真明・川島範久・中川純・浜田英明・難波和彦]
[目次]
000 | テレワーク×テック 働き方分野で起こっていることに学ぶ 安井謙介 |
002 | 特集06 建築と生物学の接点 |
004 | 論考1 建築学×生物学の200年 印牧岳彦 |
006 | 座談1 なぜ今、植物学と建築学が協働するのか? 出村拓×川口健一 |
011 | 論考2 バイオイメージングの近代史 檜垣匠 |
012 | 論考3 生きた木で建築を―科学と工学の融合 中楚洋介 |
014 | 報告 バイオミミクリーが生み出す形態 ―形態創生コンテスト2019 木村俊明 |
016 | 座談2 デジタルターン以降の生物学と建築学の接点 佐藤淳×鳴川肇 |
021 | 論考4 構造としての合理性:構造形態創生 ―生物的アプローチ(PSO、ABC、FA)を用いた 構造最適化 本間俊雄 |
024 | 論考5 生物の柔軟性から他者性へ 平野利樹 |
026 | 論考6 生物アルゴリズムと合理的施工のための 制約の統合 杉原聡 |
028 | 論考7 昆虫の翅の折り畳みに基づく可変構造 斉藤一哉 |
030 | 論考8 溶けていく生物と建築の境界 タイチ・クマ |
032 | 論考9 見ないものづくりから「観る」ものづくりへ 岡部文+竹中司 |
034 | 論考10 Bio-Shelters: Designing Reef Habitats in the Sydney Harbour Yannis Zavoleas+M. Hank Haeusler+ Kate Dunn+Melanie Bishop+Katherine Dafforn+ Nina Schaefer+Francisco Sedano+K. Daniel Yu |
037 | 雑の保存とその実践 木村吉成+松本尚子 |
038 | 新型コロナ禍下の スイスから 礒﨑あゆみ |
039 | デザイナーによる デザイナーのための学び舎 馬淵大樹 |
040 | 文化財建造物―文化財としての継承と活用 熊本達哉 |
041 | 眼の前の現実ではなく頭の中の現実を拡張するVR 北川啓介 |
042 | 宇都宮大学 建築都市デザイン学科の建築教育について ―材料分野の観点から 藤本郷史 |
044 | 建築生産小委員会 ―建築生産領域の交流と振興を担う 石岡宏晃 |
045 | 屋外文化財の 物理環境に由来する劣化について 小椋大輔 |
046 | 形のパラメータ 難波和彦 |
048 | パイオニアを 仮定する意義 岩元真明×川島範久 |